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耳より情報

2015年05月18日

長崎 2つの世界遺産

長崎から世界遺産を!

長崎には先日、世界遺産勧告が行われた「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」とすでに世界遺産登録された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産があります。いずれも日本で唯一、出島を通して西洋に開かれていた長崎独自の歴史と文化に根ざした世界に類を見ない貴重な文化遺産です。

 

『明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域』

日本は19世紀後半から20世紀の初頭にかけ、工業立国の土台を構築し、後に日本の基幹産業となる造船、製鉄・鉄鋼、石炭産業といった重工業において急速な産業化を成し遂げました。「明治日本の産業革命遺産」はこれらの重工業分野において1850年代からのわずか半世紀で西洋の技術が移転され、日本の伝統文化と融合し、実践と応用を経て産業システムとして構築される産業国家形成への道程を物語っており、全国8県11市の23資源で構成されています。

長崎には造船に関する資源とともに、日本で最初に近代的な採炭法を取り入れた高島炭鉱や炭鉱の島として開発された端島炭鉱(軍艦島)、貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築であるグラバー邸がありあます。

グラバー

旧グラバー邸

 

 

『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』

1549年フランシスコ・ザビエルにより日本に伝えられたキリスト教は、宣教師によって西日本一帯に広まりました。中でも、布教の中心地だった長崎地方では、セミナリオ(神学校)が置かれ、そこで学んだ少年たちが使節としてローマ教皇のもとへ派遣されました。

その後、1614年には全国に禁教令が発布され、神父や信徒への弾圧や海禁政策(いわゆる鎖国)が強化されていきます。しかし、キリシタンたちは指導者となる神父がいない状況下、独自の信仰組織を作り、長きにわたって信仰をひそかに守り続けました。そして、1865年、大浦天主堂を、浦上の潜伏キリシタンたちが信仰を告白したのです。250年もの潜伏を経た、キリシタンと神父の運命的な出会いは「信徒発見」として驚きと感動をもって世界に伝えられました。それ以降、禁教下で信仰を守り続けてきた集落に、信仰継承の証として教会堂が建てられていきました。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、450年以上に及ぶ日本におけるキリスト教の伝播とプロセスを示す、史跡や聖地と集落、及び教会群を構成資産としています。

 

その他、世界遺産登録勧告された地へご案内するツアーをがございます♪♪詳しくはこちらから。                  

投稿:首都圏発海外旅行担当