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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2018年07月12日

《特集》歴史を感じるクラシックホテルの旅に出かけよう

歴史を感じる
クラシックホテルの旅に出かけよう


百年の時を繋いできた、文化財に泊まる。

明治の文明開化の時代から、様々な歴史の舞台となってきたクラシックホテル。
ヨーロッパのホテル様式を取り入れ、それぞれの土地の風土を生かし、日本独自のホテル文化を築いてきた個性豊かなホテルたち。
今ではそのいずれもが重要な文化財としての役割も担う。
歴史と文化を感じる旅。クラシックホテルめぐりへ。

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現在、「クラシックホテル」と呼ばれるホテルの多くがその基礎を築いたのは、戦前のホテルブームの頃である。1930年(昭和5年)、鉄道省の下部組織として創設された国際観光局が行った外国人誘致のためのホテル整備事業を受けて、昭和初期から戦前にかけて各地に15の国際観光ホテルが誕生した。しかしそれ以前にも、外国文化を取り入れると同時に日本の文化を海外に紹介し、海外からの賓客を迎え入れるため、各地にホテルはつくられていた。貿易が盛んな横浜や神戸、東京や大阪といった都市部だけでなく、古都の京都や奈良、そして日光や軽井沢、箱根など、避暑地や保養地として栄えた場所にも多くのホテルが建てられ、人々を迎え入れてきた。
ホテルの歴史はまた、日本の歴史でもあった。歴史上重要な多くの場面で、ホテルはその舞台として役割を果たしてきた。
単なる宿泊施設としてだけでなく、人々が集い、交流し、さまざまな文化を築き上げる場であり、その歴史を見つめてきた場であったのだ。

 

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東京ステーションホテル(東京都)/松本清張が時刻表を使ったトリックを着想したと言われる

 

「クラシックホテル」という言葉には、定義はない。カテゴリーとして明確に分類されているわけでもなく、受け手次第でその対象が変わるかもしれない、曖昧な言葉だと言える。
その言葉の下に、老舗ホテルが集ったのが97年のことだった。横浜のホテルニューグランドの呼びかけで集った6軒のホテルが、任意組織「クラシック・ホテル・アソシエイツ(クラシックホテルの仲間たち)」を結成し、歴史と伝統を生かして共同キャンペーンを展開した。
そして、昨年11月、「クラシックホテルの情報をより正確に伝えたい」との思いから、9軒で設立されたのが「日本クラシックホテルの会」だ。
加盟ホテルに共通するのは、戦前に創業、建設された日本のホテルで、創業時の経営方針が継承されており、当時の建物を維持しながら現在も営業を続けていること。改修や復原はあっても、文化財や産業遺産として認定されているこれらのホテルには、創業時からの伝統が今も息づいており、古き良き時代を知る当時の顧客層だけでなく若い世代からも、「本物」だけが持つ独特の雰囲気や佇まいが注目されている。

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左:ホテルニューグランド(神奈川県)/ホワイエ。マッカーサー元帥が宿泊した315号室には当時の執務机などが今も残る

右:蒲郡クラシックホテル(愛知県)/ロビー。三河湾を一望する高台に建ち、客室からの眺望は絶景

 

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山口由美氏インタビュー クラシックホテルと私~

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私は箱根で、富士屋ホテルの創業者、山口仙之助のひ孫として生まれました。祖父の堅吉は創業者の次女の婿で、最後の同族社長でした。富士屋ホテルの歴史において、仙之助と並んでよく語られる正造は、長女の婿で、その実家は日光金谷ホテルでした。つまり富士屋ホテルと並ぶクラシックホテルの名門である金谷ホテルは親戚なんです。ともに日本の歴史をつくり上げ、見つめてきた二つの名門ホテルの歴史の中で育った私にとって、クラシックホテルは原風景というか故郷のようなものなんです。

最初に出版した『箱根富士屋ホテル物語』は、ふとしたことがきっかけで書くことになったわけですが、幼少時からの育った環境を考えると、それは決して偶然ではなく必然だったのかも知れません。これが私の作家としての原点となりました。もしこのときに富士屋ホテルについて書いていなかったら、これほどクラシックホテルに関わることはなかったと思います。

同じ精神と伝統が息づく
世界のクラシックホテル

海外と国内のクラシックホテルを比較してみると実は良く似ているんです。もちろん建物は違います。背景や文化も違うし、日本のホテルは日本建築で、海外にもそれぞれの建築様式がありますから当然です。でも中で働く人々の考え方や悩んでいること、困っていることはびっくりするくらい似ています。床面積はさほど広くなくても、昔の建物は天井が高い。空間のゆとりとしては、今時のホテルに負けないと、日本とイタリアのクラシックホテルで、ほとんど同じ内容のお話を聞いたことがあります。昔からのお客様を昔と変わらないサービスでもてなす。そしてそれが今の時代には必ずしもマッチしていないことに苦悩する。建物は違ってもそこで働く人々に息づく精神や伝統は、海外も日本も同じなんですね。
海外のクラシックホテルに泊まって、もうひとつ気付いたことがあります。クラシックホテルというと、伝統的な洋食というイメージがありますが、実は欧米のホテルでは、一般的ではなくなりつつあります。また、朝食をきちんとテーブルサービスするところも今や、世界的には少数派です。それらを今なお、提供しているところが多い日本のクラシックホテルは、世界的に見ても大変希少な存在といえます。

時代と場所を越えて
生きる西洋伝統文化

海外では昔からの伝統的なサービスやメニューはもはや残っていないのかというと、実は思わぬところで出会ったことがあります。
南アフリカのケープタウンのホテルに泊まった時のことです。
そのホテルのパンケーキの味がびっくりするくらい富士屋ホテルと似ていたんです。デザートを食べても、ずっと昔に富士屋で食べた味とそっくりだと、驚いたことがありました。
西洋の文化が世界の隅々にまで伝わっていった後、本国では時代とともに失われてしまったことが、もしかしたら極東やアフリカのホテルにはオリジナルの形で残ったのかもしれません。
クラシックホテルというとカレーが名物のところが多いですが、そのホテルにもありました。カレーもインドやマレーから直接、あるいはイギリス経由で世界各地に伝わり、アフリカと日本で名物料理になっている。面白いことだと思います。


クラシックホテルを巡る ~日本で体感・本格西洋ホテルライフ~

日本クラシックホテルの会加盟のクラシックホテルを巡り、明治以来の伝統的な西洋ホテル文化を堪能するシリーズ旅がスタートします。皇室や各国の王室はじめ、世界のVIPに愛され続けるホスピタリティと、日本の歴史の舞台そのものを担ってきたホテルの館内を見学し、ホテルライフを体感するツアーです。(コース名クリックでツアー詳細に移ります)

旅行作家・山口由美氏講演会ツアー (関西発宿泊ツアー)

山口由美氏特別講演会ツアー    (首都圏発日帰りツアー)

山口由美さんとクラシックホテル時間旅行 蒲郡・奈良と紅葉の名所へ

 

※上記ツアーは2018年7月発行「総合パンフレット」に掲載しています。

パンフレットをご請求ください。(デジタルパンフレットもご覧いただけます)

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◎首都圏版はこちらより

◎関西版はこちらより

投稿:大阪発国内旅行担当