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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2013年12月17日

旅なかま12月号 やさしい微笑みと温かい小さな手で人と人を結んでくれる「お雛様」

〔本稿は会員誌『旅なかま・国内版』2013年12月号に掲載されたものです〕
ご新規のお客様には見本誌を無料でお送り致しますので、こちらのフォームからお申込みください。その際、「旅なかま12月号希望」とご記入下さい。なお、部数に限りがございますので、お早めにお申込みください。

白崎家の御殿飾り	所蔵/写真提供:本間美術館
人々の心を元気づけ昭和23年から

戦後の荒廃した人々の心を励まし芸術文化の向上に資することを理念に創立された本間美術館。江戸時代本館「清遠閣」は藩主酒井侯が領内巡視する際の休憩所として利用され、大正14年には東宮殿下(昭和天皇)がご宿泊されるなど、酒田の迎賓館としても使用されてきました。鳥海山を借景とする池泉回遊式庭園とともに美しい京風の精緻な木造建築は、北前船により栄えた酒田の歴史を今に伝えるものです。
本間家のお雛様が初めて一般公開されたのは、戦後まもない昭和23年3月のことでした。昭和22年5月に本間美術館が開館したその翌年、戦災で多くのものを失って混乱が続くなか、久しぶりに平和な時代の光を求めて、人々が列をなして訪れたそうです。お雛様の微笑は、どれほど見る人の心をなごませたことでしょう。以来、毎年恒例となり、何軒もの旧家からお借りしたり、ご寄贈も頂き、一階二階を全部使って展示、館内いちめんに幾つもの段飾りが華やかに彩られました。現在は、本館一階の上座敷に堂々と並ぶ雛段飾り、二階御座所には格調高い御殿飾りのお雛様と能や狂言の趣向人形など雅びな世界を楽しめます。
昭和43年に開設した新館では、高さ50センチ、気品に満ちた面差しでひときわ目を引く享保雛や、寛永雛、次郎左衛門雛、古今雛、御所人形や衣装人形などの古典人形なども一堂に公開しています。様式の変遷を見られることも大きな魅力ではないでしょうか。2014年の「雛祭 古典人形展」は2月22日(土)から4月7日(月)まで開催されます。

丸本ちらし御膳 所蔵/写真提供:本間家旧本邸 葵の紋の貝桶 所蔵/写真提供:本間家旧本邸
平和な世の中だからこそできる雛祭り

「雛祭」は、「本間家旧本邸」でも同時開催されます。旧本邸での展示公開は昭和57年からですが、その時まで私は、この大きな雛飾りを直接、目にしたことがありませんでした。意外に思われるかも知れませんが、子どもの頃「私もお雛様を飾りたい」と言うと母に「家にはお雛様があるけれど…今は出すのが無理だから…」と言われていたからです。私のおひな様は木目込み人形のおひな様です。昔昭和15年頃まではひな祭をしていたそうですが、戦争がひどくなり飾れなくなりました。そして迎えた昭和57年、紅花の山形路観光キャンペーン展開の折、市からの強い要請で「本間家旧本邸」を公開することになりました。この旧本邸は、1768年に三代光丘(みつおか)が幕府巡見使一行の本陣宿として新築し、荘内藩主酒井家に献上、その後拝領したものです。表から見れば、二千石旗本の格式を備えた長屋門構えの武家屋敷造りで、その奥は商家造りになっています。住居にしていた時も武家屋敷は普段は使わず、商家造りの方で生活していました。
このような二つの建築様式が一体となっている建物は極めて珍しく全国的にも例をみないそうです。一般公開するに当たり、お雛様を是非見せて欲しいとの要望がございました。
そこで、最初に、お雛様を展示しようと思ったのですが、長い歳月、土蔵に入ったままです。お見せできるような状態で保存されているかどうか、とても不安でした。母と祖母に聞きながら、土蔵に入って一つ一つだしてみたら、思いのほか状態がよく、展示することにしたのです。

雛屏風・古今雛 所蔵/写真提供:本間家旧本邸
願いを込めて呼ぶ「相生(あいおい)様」

現在の雛段は高さ二メートル、幅は一軒半。源氏三尺金屏風を背に、内裏雛と相生(あいおい)様が飾られています。一般には百歳雛と呼ばれていますが、当家では「相生(あいおい)様」と言っています。共に生きる、夫婦共白髪になるまで仲良く元気にすごせますようにという願いが込められています。おぜんじ様、犬筥(いぬはこ)、丸本の紋と火炎紋の記されたお膳、葵の紋のついたお道具もあります。ガラスケースに並ぶ古今雛は華やかで美しく、享保雛は端正な気品に満ちています。代々、お嫁入り道具として持参したものや、北前船で運ばれてきたもの、拝領品など、時代も来歴もさまざまです。中には、戦後まもない頃祖母の知人のお子様の初節句のお祝いに差し上げ、60年ぶりに、ご本人の申し出で里帰りした古今雛と五人雅楽もあります。毎年、雛祭を迎えると訪ねてくださる方々は「お雛様に会いにきました」と言って下さいます。見つめると微笑返してくれるお雛様たち。当家はもちろん酒田の歴史を物語り、見つめ続けてきたと言っても、けっして過言ではないでしょう。

「光丘」の遺産が「夢の倶楽」にも

酒田は、江戸時代、河村瑞賢が西廻り航路を開いてから北前船の拠点として栄えた湊町。諸国の物資を大量に積んだ千石船、山形の内陸部へ行き交う川舟など大小の舟で賑わう港の光景が目に浮かんでくるかのようです。そうした中で「少しでも資力に余裕あらば世のため人のために尽くすこと」、地域貢献の理念のもと、公益のために数々の事業を実践したのが本間家三代「本間光丘(みつおか)」でした。長年、庄内砂丘の飛砂や塩害に苦しむ住民のための西浜の植林事業、冬になると失業する沖仲仕を動員する生活救済事業、さらに、藩財政の根幹ともいえる農業事業、飢饉対策として食糧を絶やさないよう庄内八か所に巨大な倉庫を建設し籾を備蓄。史上空前の天明の大飢饉においても庄内藩は一人の餓死者も出さなかったそうです。学問を志す若者のための図書の収集、学問所の設置、寺社仏閣への寄進なども枚挙のいとまがありません。

相生(あいおい)様 所蔵/写真提供:本間家旧本邸

そして、山王祭りを盛大にすることによって酒田の町を活性化させようと、京の祇園祭に範をとり、人形師に作らせ北前船で運んできたのが「亀笠鉾(かめかさほこ)」です。平成13年に文化財指定を受けて酒田市に寄贈、文化材修復専門の京都の工房に依頼して2年がかりで修復、京都から今度は、陸路で酒田に戻ってきました。現在、山居倉庫「夢の倶楽」に飾られています。ここでも雅びなお雛様もお楽しみ頂けます。
江戸時代からの歴史を物語る建築・文化財や雛人形をはじめとする品々が時を越えて今なお大切にされている酒田。美味しい山海の幸をご賞味いただき、心と体リフレッシュの旅にお出かけください。今後も、先人のかけがえのない「志」を大切に、昔・現在・未来の架け橋の役割を果たし、少しでも多くのものを未来の子供達にプレゼントできますよう努めてまいります。

プロフィール 本間 万紀子氏

(取材/構成 近田康弘)

◆関連ツアー◆※今年はお道具の一つとして、特別に「お布団」や「お着物」も展示されます。
[首都圏発] No. 7051 日本海 「雛」めぐり 美食紀行 2日間
首都圏発] No. 7052 北前船と最上川舟運の「やまがた雛街道」へ 3日間

投稿:朝日インタラクティブ