出発地を選択してください。出発地はいつでも変更できます。
出発地を選択してください。
×
MENU

機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2016年02月17日

旅なかま2月号 「美の旅」特別インタビュー 私はここにいる~絵画に自分を発見して~

〔本稿は会員誌『旅なかま』2016年2月号に掲載されたものです〕
ご新規のお客様には見本誌を無料でお送り致しますので、こちらのフォームからお申込みください。その際、「旅なかま2月号希望」とご記入下さい。なお、部数に限りがございますので、お早めにお申込みください。

「美の旅」 特別インタビュー、私はここにいる~絵画に自分を発見して~ 2009年から約2年間、美術番組「日曜美術館」の司会をされていた姜尚中さん。絵もお好きということで、絵に関する著作「あなたは誰?わたしはここにいる」(集英社新書)も発表されています。そんな姜さんのドイツ留学時代に遡る絵との出逢い、そして姜さんにとっての「絵」とは?昨年5月に開催した姜さんの講演会「漱石と熊本」や11月に実施した姜さん同行の国内旅行「山下りんのイコン画と被災地を東北に訪ねて」に同行した鹿野眞澄(朝日旅行・前東京支店長)が、じっくり伺いしました。 姜尚中(カン・サンジュン) 1950年、熊本県熊本市に生まれる。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。主な著書に『マックス・ウェーバーと近代』『オリエンタリズムの彼方へ』『東北アジア共同の家をめざして』『増補版 日朝関係の克服』『姜尚中の政治学入門』『ニッポン・サバイバル』『悩む力』『リーダーは半歩前を歩け』『あなたは誰?私はここにいる』、小説『母-オモニ-』『心』など。最新刊『悪の力』。
デューラーとの出会い

鹿野(以下し):今日は、先生にはあえて先生のご専門の政治思想とか哲学、社会思想は横においていただいて、美術について、お伺いしたいと思います。先生は、ドイツ留学時代にデューラーの絵画に出会って、大変感銘を受けたと、著書の中で書いていらっしゃいますが、当時のことをお伺いできますか?

姜さん(以下か):留学したのは大学院時代で、大学はニュルンベルクでした。ニュルンベルクという街は、ナチスドイツのニュルンベルク裁判が行われた法廷が今も残っていて、あまり良いイメージがなかったのですが、郊外にはシーメンスの会社もあり、今ではヨーロッパでも有数のエコシティーになっています。中世の姿に再建されたドイツらしい街で、市内にデューラーの記念館があります。私は当時デューラーという名前はもちろん知っていましたが、具体的に興味はなかったんです。ただ、同じ学生寮にギリシャ人の留学生がいて、「ミュンヘンに両親が来る、どうしても会わせたい」ということでミュンヘンに行き、ついでに美術館「アルテ・ピナコテーク」と「ノイエ・ピナコテーク」に行ったんです。その時、デューラーの「自画像」に出会いました。その自画像が、それこそ輝いているように見えたんですね。

し:輝いて、とは?

:正直、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」よりも輝いて見えました。まず誰もが思うことですが、あの自画像はイエス・キリストを連想しますよね。シンメトリカルで、髪型も似ている。でもそれだけじゃない。彼が着ているゴージャスな毛皮、組んだ繊細な指の形が印象的で、惹き込まれた。そして、私が絵、つまりデューラーを見ているんだけれど、逆にデューラーから見透かされていると錯覚するほど凄かった。更によく見ると、アルブレヒト・デューラーという署名がある。それで、僕は「デューラーってどういう人なんだろう」と初めて興味をもったんです。当時、自分は大学院生で、ドイツに留学していた。けれど何をしていいかよくわからなかった。それから、帰国しても先のメドは全くたっていない。政治学とかやろうとしていたけれど、非常に、ある意味心が放浪していた。そんな時に、この絵は、デューラーが「私はここに存在している」という確固たる決意を表明しているように、僕には見えたんです。あとで知ったんですが、デューラーはあの「自画像」を当時の僕と同じ頃、20代の終わり頃に描いたんですね。そして、ある種の遺言として、自分が亡くなってからこれをニュルンベルクの市庁舎に飾ってくれといって描いた。そして、ここに「アルブレヒト・デューラー、ノリクムの人、不朽の色彩で自らを描く、二八歳」という一人の芸術家として署名を残した。当時、イタリアは別として、ドイツにはまだ芸術家という概念が成り立っていなかった時代ですよね。あくまで職人というか、その時代に画家として強烈な自己宣言をしたわけです。その意思に圧倒された。
デューラーには「母親」の絵もあります。母親は15~16人子供を産んで、育ったのは2~3人という過酷な人生だったんですが、その生き様がよくわかる絵ですね。僕は、デューラーというのは、ドイツで初めて人間の内面性を描くことができる、そういう人だったのではないかと思う。

デューラー「自画像」 画像提供:Wikimedia Commons
デューラー「母親」 画像提供:Wikimedia Commons
人間の内面を描いた画家デューラー
デューラー「メランコリア」 画像提供:Wikimedia Commons

:デューラーは、北方ルネサンスの巨匠だけれども、イタリア・ルネサンスにないものも持っていて、それは、銅版画です。もともとお父さんが金細工職人という家系で、デューラーは凄い作品を沢山残しています。精緻で、銅版画とは思えないくらいです。内容も、今もって謎解きができていない作品もあります。「メランコリア 1」とか、近代のメランコリー(憂鬱)という、我々にとって永遠のテーマを描いているんですね。一人の女性がぼつねんと、何か物憂げにいて、そこに魔法陣とかいろいろなものが、まるで津波のあとみたいに、沢山周りにある。そして海の向こう側から、蝙蝠みたいな動物がメランコリアという文字を翼に背負って飛んでくる。そういう絵です。私はメランコリーをこんな風に謎解きしてくれたことが信じられなかった。500年以上前に、既に現代というもののある種の病「憂鬱」を描いたデューラーの凄さに、あらためてびっくりします。
つまり、いろいろと凄い人なんですが、やっぱり「自画像」が一番傑作だと思う。15世紀から16世紀の過酷な時代に生きたデューラーならではの内面の深さ、そして憂鬱なものを抱えて生きざるを得ない、現代人の原型みたいなものを描いているように思います。それで、最初NHKの「日曜美術館」では、司会ではなくゲストとして呼ばれて、デューラーの話をして、それが契機となって、司会のお誘いを受けたんです。そして、デューラーからブリューゲルへ広がっていきました。

姜尚中さん(右)に熱心に質問する鹿野前東京支店長(左)。
時代を見つめたブリューゲル

:ブリューゲルといえば、二つの「バベルの塔」とか有名な絵が沢山あるけれど、僕が好きなのは「絞首台の上のかささぎ」です。非常にアレゴリカルというか、寓話的で、どう評価したらいのか、宗教戦争のまっ只中で、陰惨な時代、その中で絞首台の上に、ぽつんとかささぎがとまっている。あれがブリューゲル自身なのか、それとも陰惨な時代にまだ希望があるといいたいのか、わからないけれど、僕は希望だと思いたい。
ブリューゲルは風俗画家であり、農民画家といわれるけど、およそアートの対象ではなかった人々に目をむけて、それを丹精に描いた。そしてユーモアもある。でも実際は、とても過酷な時代でしたよね。宗教戦争まっ只中で、ヨーロッパが片時も安定できない時代、そして疫病も蔓延していて、死がとても近かった。常に死と向き合っている感じだったと思う。「死の勝利」という絵では、死神に取りつかれた人間たちの姿が描かれていて、いさかいの勝利が死であったと描かれているんですね。その「死の勝利」を見たあと、東日本大震災があって、その2週間後に僕は相馬市に入ったんですが、壮絶といいますが、沈黙の状態が、静かで、茫然としたんですね。「メメント・モリ(死を忘れるな)」という言葉が非常に胸に突き刺さりました。

ピーテル・ブリューゲル(父)「絞首台の上のかささぎ」 画像提供:Wikimedia Commons
そしてレンブラント、ベラスケス

し:他に先生が興味をお持ちの画家はありますか?

:時代は下がりますが、レンブラントも大好きですね。ブリューゲルとレンブラント、両方とも「自画像」を描いているんですよ。ヨーロッパの絵画と東洋や日本の絵画と違うのは、ヨーロッパの絵画は自画像が描けるということですよね。なぜヨーロッパで自画像か描けるかというと、人間の内面の自我というのが、重要な大きなテーマとして浮上しているからですよね。これだけは、残念ながら、若冲がどんなに素晴らしい色彩力を持っていても、モティーフとして人間が描ききれない。水墨画で幽谷の境地は描けるけれども、人間の内面は描けていないように思う。更に言うと、ヨーロッパ絵画でも印象派はちょっと違いますね。こんなこというと叱られるかもしれないけど、印象派は確かにいいんだけれど、でもそれだけなんですね。人間の内面を描けていない。一瞬を切り取って、そこに何かを感じる。印象派を好きなのは、日本とアメリカだけだと思う。実際、アメリカによって、印象派は価値は高まったわけですしね。

インタビューはユーモアも交えて

し:確かにそうですね。

:僕は専門家ではないので、あくまでパーソナルな嗜好としてご理解いただきたいのですが、僕は、どうも人間が描かれていないものには興味を惹かれない。どうしても、人間が描かれているものに興味が向かってしまいます。だからベラスケスも好きです。ベラスケスは隠れユダヤ人ですよね、そういった出自を抱えながら、宮廷画家としていろいろ仕事をしていた。僕は、ベラスケスの描く矮人が大好きですね。

ベラスケス「女官たち(ラス・メニーナス)」 画像提供:Wikimedia Commons

し:有名な「ラス・メニーナス(女官たち)」にも出てきますし、「ドン・セバスチャン・デ・モーラ」という絵も有名ですね。

:「ラス・メニーナス」でも、犬がいて、女性の矮人がでてきますよね。彼のなかに、何か矮人に通じるものがあったんでしょう。そのまなざしを感じます。近代というものを無意識のうちに自覚していたのではないかと思いますね。

し:「ラス・メニーナス」は、本当に不思議な絵ですよね。王様とお妃を一番大きく描かなければいけないのに、一番小さく描いてます、それも鏡の中に。

:視線が幾重にも入り組んでいるんですよね。私は、ああいうところにヨーロッパ絵画の底力を感じます。ただ見栄えがよくて、色彩が綺麗というだけではなくて、人物を描いている。見ていて、どんどん惹き込まれていく、大人の絵だと思う。

し:漱石もそうですよね。大人の文学。

:自分の年齢とともに、ものの見方が変わってくる。そうすると見えないコードが見えるようになってくる。それにはやっぱり仕掛けが必要でしょう。私達の時代はどういう時代なのか、それを抽象的な文章で思弁するのではなくて、描いているうちに醸し出す。そういうことをしっかりと意識しながら描いていますよ。だから、ものすごく現代的です。その視点で見ると、デューラーの絵は近代への始まりを告げているように思いますし、ブリューゲルもベラスケスもレンブラントも、とても現代的で、『わが同輩』と思えます。

し:私達は古典の絵画というと、昔の素晴らしい絵という感覚でとらえて、それで終わりなんですが、そうではないんですね。

絵画に旅に自分発見
2015年11月10日発「山下りんのイコン画と被災地を東北に訪ねて」ツアー中の講演会

:現代絵画でも同じです。マーク・ロスコの「シーグラム・コレクション」を見ていて思ったんですが、見ている間に自分の心象風景が絵の中に表れてくるんですね。私は、母親につながれてあぜ道を歩いていく姿が、ぱあっと浮かびましたよ。結局、名作というのは、自分が見えてくるものなんですね。漱石の文学が歳とともにいろいろな発見があるように、年齢を経てきて絵画に接した時に、別の自分が見えてくる。だから、最初にお話ししたデューラーの「自画像」も、今見たら当時と違う印象を受けると思う。そういう出合いは至福というか、幸せですね。なので、是非、自分にとっての「これ」というこだわりの一枚を見つけていただきたいですね。

し:最後になりますが、先生にとっての旅とは、どのようなものですか?

:理屈っぽいことを言うと、トマス・マンの「魔の山」の中に、主人公がハンブルクからスイスのダヴォスに向かうシーンがあります。その時に、空間を旅することが、時間を旅することと同じような効果をもたらすとあるんですね。旅というのは、せいぜい1週間から2週間ですよね。だけどその時に、ものすごく空間を移動する。それがとても良いのだと思う。日常の空間の中では、どうしても考え方とか見方とか固定されてしまう。でも旅をすることによって、「異化作用」というか、もう一つの自分が見えてくることがある。ですから、旅に出る時は、あまりプレ情報を収集しないほうがいいですね、情報があると、実際見たときに、自分はそう感じなくても、そう感じたと錯覚させられてしまうことがあります。皆「そのとおり」だと確認したいですから。ですから、そうではない旅の仕方も一回くらいあってもいいと思いますね。

し:絵画と旅、是非、至福の時を見つけていきたいですね。本日はありがとうございました。

聞き手:鹿野真澄(朝日旅行前東京支店長)

「あなたは誰?私はここにいる」
「あなたは誰?私はここにいる」本の表紙

ドイツ留学中、奇しくも画家と同じ20代後半の時、デューラーの自画像に出会った姜尚中さん。それから30年後、人気美術番組の司会を務めることになった姜さんは、古今東西の絵画や彫刻の魅力を次々に再発見していきます。「美術本」でありながら、同時に「自己内対話」の記録であり、現代の祈りと再生への道筋を標した人生の書です。

集英社新書 定価740円(+税)

≪関連記事≫
●「美の旅」で出会えるデューラー、ブリューゲル、ベラスケス

≪関連コース≫
【首都圏発】南スペイン・パラドール紀行 10日間
【関西発】南スペイン・パラドール紀行 10日間
【首都圏発】中欧芸術紀行 ブダペスト・ウィーン・プラハ 10日間
【首都圏発】四季の招待状・ベネルクス三国へ 10日間
【関西発】四季の招待状・ベネルクス三国へ 10日間
【首都圏発】美の旅シリーズ
【関西発】美の旅シリーズ

投稿:朝日インタラクティブ