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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2016年10月25日

旅なかまvol.274 ウィーンアートナイト ウィーン美術を歩く ハプスブルク家の至宝

〔本稿は会員誌『旅なかま』2016年vol.274に掲載されたものです〕
ご新規のお客様には見本誌を無料でお送り致しますので、こちらのフォームからお申込みください。その際、「旅なかまvol.274希望」とご記入下さい。なお、部数に限りがございますので、お早めにお申込みください。

ウィーンアートナイト ウィーン美術を歩く ハプスブルク家の至宝

ウィーン美術史美術館

ウィーンはパリと並んで「芸術の都」の名がふさわしい街である。多くの楽聖を生み育んだこの街は、不動の「音楽の都」の地位を確立したが、それと等しく「美術の都」でもある。この街には数百年に渡るハプスブルク家の名画コレクションがあり、デューラーの「野うさぎ」に代表される6万点を超える貴重な水彩・素描画、一〇〇万点とも云われる版画があり、19世紀末にはクリムトを旗手として新しい芸術が創造され、20世紀にはポストモダンの新しい建築が現れた。街を歩いてみるだけで、こうしたウィーンの芸術を存分に堪能することが出来る。

king皇帝たちのコレクション

ルネサンスはイタリアで起こった。イタリア・ルネサンスを初めてフランスやスペインに持ち込んだ人物、それは奇しくも16世紀前半のヨーロッパを席捲した宿命のライバル、フランスのフランソワ1世と神聖ローマ帝国皇帝カール5世である。二人ともイタリア遠征時にルネサンス文化に触れることになり、フランソワ1世は周知のように晩年のダヴィンチをフランスに招聘し、カール5世はティツィアーノに「カール5世騎馬像」を描かせた。

カール5世の後、ハプスブルク家はスペイン系とオーストリア系に分かれる。スペイン・ハプスブルク家の美術コレクションはフィリペ2世とその孫のフェリペ4世によって始められ、プラド美術館の礎を築いた。フィリペ2世のお気に入りはネーデルランドのヒエロニムス・ボスとヴェネツィアのティツィアーノであった。グレコもその仲間に入ろうとしたが、王のお気に入りとはならず、その後トレドに赴き、そこで多くの傑作を残した。17世紀最大の美術のコレクターとしては、その孫のフェリペ4世である。ルーベンスを庇護し、ナイトの称号を授け、またベラスケスを宮廷画家とし、多くの傑作を描かせたのである。

ウィーン美術史美術館内 ブリューゲルの部屋

kingデューラーとブリューゲル

一方、ウィーン美術史美術館のコレクションは中世最後の騎士と謳われたマクシミリアン1世に始まる。ブルゴーニュ公国のマリーとの婚姻により、チロル・イン川流域の銀山、銅山やフランドルの毛織物産業などブルゴーニュの富を手中に収めた彼は皇帝としての政治権力と経済力とを背景にハプスブルク帝国の礎を築く。その時、ブルゴーニュ公領であったネーデルランドの美術品や、ファン・エイク、ヒエロニムス・ボス、シント・ヤンス、ファン・デル・ウェイデンなどの名画も併せて継承した。そして、そのマクシミリアンが庇護した画家がドイツ最大の巨匠デューラーであった。彼はデューラーを宮廷画家としたが、美術史美術館のコレクションはこの時を持って始まりとする。またインスブルクで組織されていたヴィルテン少年合唱団 (現在も活動中) のメンバーをウィーンに連れてきて、ウィーン宮廷礼拝堂少年聖歌隊(ウィーン少年合唱団)を創設したのもマクシミリアンである。

マクシミリアンと同様、ハプスブルク家最大のコレクターといわれるルドルフ2世もデユーラーはお気に入りの画家だった。デューラーの水彩の代表作品「ローラー・カナリヤの翼」も彼が購入したものだ。デューラーは2回イタリアを訪ね、ヴェネツイア派の巨匠ジョヴァンニ・ベッリーニやダヴィンチとも交流を持った。美術史美術館は祭壇画「聖三位一体の礼拝」、「梨の聖母」、「若いヴェネツイア女性の肖像」などデューラーの油彩画を所蔵している。また、デューラーで見逃してはならないのが水彩・素描画や版画である。「野うさぎ」や「祈る手」、「芝草」などアルベルティーナ美術館で伊藤若冲のようなその超絶技法を是非楽しみたい。

しかし、ルドルフがデューラー以上に収集に熱心だったのがブリューゲルであった。現在、美術史美術館にある13点のブリューゲル作品のほとんどがルドルフ2世によって収集されたもので、世界最大のブリューゲル・コレクションの殿堂である。

デューラー「マキシミリアン1世」

ティツィアーノ「ヴィオランテ」

デューラー「野うさぎ」

デューラー「ローラー・カナリヤの翼」

kingブリューゲル美術のおもしろさ

ピーテル・ブリューゲル(父) はヴェネツィアのティツィアーノと並ぶ16世紀半ばを代表する大画家であるが、イタリアの巨匠たちに比べると、知る人はそれほど多くはないかもしれない。ダヴィンチのような華やかさも、ミケランジェロのような躍動感も、ラファエロのような優美さもない。また、ブリューゲルは当時の画家が描いたような肖像画、人物画を描くことも一切なかった。画家が描いたのは一般の民衆であった。

ブリューゲルには様々な呼び名が冠せられている。一般的には広く「農民画家」として知られる。それは農民たちを描いた作品が多く存在するからである。そして多くの作品には風景が描かれる。だから「風景画家」とも言われる。また、ボスのような奇怪な幻想的な作品から「ボスの再来」といわれたこともあった。また、「寓意画家」とも、「風俗画家」ともいわれる。どの呼び名もそれぞれブリューゲルを語る言葉であるが、それだけ画家の作品は様々な顔を持っている。しかし、すべての作品に当てはまる呼び名を探すとすれば何だろう。

ブリューゲル「雪中の狩人」

ブリューゲル「ゴルゴダへの行進」

ある研究家が「うしろ姿の画家」と言った。実はこの呼び名はブリューゲルにかなりふさわしい呼び名だと内心思っている。作品を良く見ると、画家の作品の多くに共通した奇妙な点がある。例えば、「ゴルゴダへの行進」の刑場は遠くにあり、そこから離れて手前に悲しむ聖母が描かれるが、それよりも我々の眼に飛び込んでくるのは行進の行列とそれを取り囲む圧倒的な数の見物人である。「パウロの回心」も劇的な聖なる瞬間であるものの、落馬に周囲の兵士が驚き、動揺するという風でもない。むしろ峻険な山を行軍する兵士たちと山岳風景が印象的である。つまり、作品の焦点はテーマにあるわけではないのだ。画家は常に少し距離を置いて背後から群衆を見ている。睥睨し、じっと彼らの行動を窺い、観察しているようにも思える。テーマからズームアウトし、そのターゲットの周辺を描くのを特徴とする。だから、結果的に人々のうしろ姿を描くことになる。だから遠くの風景も描くことになる。

パルミジャニーノ「弓を作るキューピット」

画家は6点の月暦画を描いたが、5点が現存する。その中でも「雪中の狩人」は秀逸で画家の代表傑作と誰もがいう。その叙情的で静謐な画面には、村に戻る後ろ姿の狩人と猟犬が描かれる。3人の狩人の獲物は1匹のウサギのみで、猟犬も寒さで疲れているようだ。彼らの足取りは重い。眼下の凍った村の池ではその事に気付いていない村人たちがのどかにスケート遊びに興じている。4本の木が遠近の効果を深め、延長線上に峻険な白い雪山が見える。

世界は雪で覆われている。画面は雪の白と、空や氷の淡い緑の2色によって構成され、人間、犬、木々、鳥はすべて暗色と黒色という従来とは異なる色彩構成で静謐な造形美を形成する。厳しい自然の中の人間の営みを見事に表現した名画である。
身近な人々の赤裸々な日常をあるがままに描いたことがブリューゲル作品の最大の魅力であり、画家にとっての最大の関心事であった。そして、その大いなる日常を動かしているもの、支えているものは何かを紐解くことであった。その意味で、画家の作品は真にルネサンス的であり、一つの文学を読み解くようなおもしろさがある。難解であるようで、至極単純であり、しかしまた少々複雑である。

ブリューゲルの作品には常に、飽食と断食、怠惰と勤勉、善と悪、徳と罪、聖と俗、生と死、春と冬、種まきと収穫、といった人間や自然の諸相が描かれる。しかし、どの絵にも悲劇性も悲壮感も余り感じられない。何処となくユーモラスでもある。そのような描写の仕方はブリューゲルの人間の日常への確信が揺ぎないものだという証しである。「それでも時は流れ、人は生きつづける・・・・」である。

king美術史美術館の名画コレクション

美術史美術館には、ファン・エイク、ヒエロニムス・ボス、ブリューゲルなどネーデルランドの作品群、ドイツの巨匠デューラーの名画群、ジョヴァンニ・ベッリーニ、ジョルジョーネ、ティツィアーノなどヴェネツィア派の巨匠作品などを始め、ラファエロの「草原の聖母」(聖家族)、パルミジャニーノの「凸面鏡の自画像」、「弓を作るキューピッド」、カラバッジョの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」、ベラスケスの「青いドレスの王女マルガリータ」、フェルメールの「絵画芸術」など世界屈指の名画コレクションが年代順に展示され、ヨーロッパの美術史を一般の鑑賞者が理解し易いようになっている。

ラファエロ「草原の聖母」(聖家族)

フェルメール「絵画芸術」

kingクリムトを巡礼する

クリムト「エミーリエ・フレーゲの肖像」

ウィーンといえばクリムトと誰しも答えるように、クリムトはウィーン美術の顔である。

クリムトはブルク劇場の古典的な天井画を描き、一躍世に躍り出たが、その後「分離派」を結成し、20世紀初頭にかけて「接吻」、「ユディト」、「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像」など多くの独特の象徴主義的な傑作を生んだ。作品は美術と工芸装飾との融合を試み、人物に黄金の衣装を纏わせ、ケルト的、古代的な抽象紋様や華やかな花紋様を散りばめ画面を黄金色に輝かせた。そうしたクリムトの盛期作品を鑑賞すると同時に、画家の初期作品「牧歌」や「愛」、そして「接吻」のモデルともいわれ、クリムトに最後まで寄り添い、支え続けた最愛の女性「エミーリエ・フレーゲの肖像」などを収めるミュージアム・カール・プラッツ美術館を訪ねるのはどうだろう。そして、もし機会があれば、晩年の7年間を過ごし、終の棲家となったクリムトのヴィラも訪ねてみよう。近年往時の姿に復元され、一般公開された。アトリエや画家が使っていた絵筆やパレットなど生前の様子が窺われる。クリムト芸術の初期から終焉の地へとクリムトを巡礼してみるのもおもしろい。(間辺 恒夫)

クリムト「接吻」

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投稿:首都圏発海外旅行担当