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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2010年12月27日

2010年12月27日 「旅なかま」2011年1月号

絢爛たるボルゲーゼ美術館の名品
明治学院大学講師 塚本 博

ボルケーゼ卿の夏の別荘だった美しい建物
[写真:ボルケーゼ卿の夏の別荘だった美しい建物(写真提供:Wikimedia commons)]

 英仏の美術愛好家や文化人が、かつてグランド・ツアーでイタリアを訪問した時代の華やかなローマは、いまどこに隠されているのだろうか。古代遺跡が多い中心部に地下鉄を通すことができない永遠の都は、網の目のようなバス路線の騒音で落ち着きを失い、街路の邸館は昔日の美しい外観を保っているとは言いがたい。にもかかわらず、扉を開けて教会や宮殿に入った瞬間、ローマでしか体験できない荘重な芸術的雰囲気を時として感じ取ることがある。「ローマの休日」のラスト・シーンで名高いコロンナ宮殿の広間は、そのような過去の栄光が奇跡的にそのまま凝縮して残った装飾空間であるが、残念ながら歴史的な名画で飾られているわけではない。一方、広大なボルゲーゼ公園の東端に建つボルゲーゼ美術館は、豪華な建築空間と意義深い芸術的名品が一種のアンサンブルとして融合し、華やかなりし栄光のローマをもっともよく集約している。
 古代の遺跡や中世の教会を無数に抱えたローマは、17世紀のバロック時代に都市整備が進められ、現在見るような有機的な町並みが形成された。ピンチアーナ門近くにヴィラ・ボルゲーゼが造営されたのは、この17世紀初頭であった。軍事と法学に秀でた人物を輩出していたボルゲーゼ家は、1605年にカミッロ・ボルゲーゼがパウルス5世としてローマ教皇になったとき、宗教と政治の両面において隆盛期を迎えた。教皇の甥にあたる枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼは信任が厚く、教皇とボルゲーゼ一族の財政全般を任されていた。このネポティスモ(教皇の門閥主義)の典型というべきシピオーネ枢機卿の登用こそ、ボルゲーゼ美術館の出発点であった。教皇庁書記官となった彼は、莫大な資金と絶対的な権威を背景に、優れた鑑識眼により絵画と彫刻の名品を次々に収集し、絢爛たるボルゲーゼ・コレクションの基礎を作った。
[写真(1):ティツィアーノ「聖愛と俗愛」(写真提供:Wikimedia commons)]

ティツィアーノ「聖愛と俗愛」
 この美術館に所蔵される名品の魅力は、眼を奪う華麗な色彩の絵画とギリシア神話を扱った名作にある。ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの「聖愛と俗愛」(写真1)は、ボルゲーゼ・コレクションのそうした性格をよく物語っている。横長の画面に着衣の女性(俗愛)と裸体の女性(聖愛)を対照的に描き出し、ヴェネツィア派の濃密な色調が全体にきらめいている。ラファエロの「キリストの埋葬」は、シピオーネ・ボルゲーゼがペルージアの教会で画面に強く感銘し、その地から力ずくでローマに運んできた名画であった。階下にある彫刻では、バロック美術の名匠ベルニーニの「アポロンとダフネ」(写真2)が際立っている。太陽神アポロンが処女を守ろうとするダフネを追いかけ、抱きしめようとする。青年神が彼女に触れた瞬間、ダフネは月桂樹に変身してしまう。指先は葉に、体躯は幹に変じる様相をこれほど動勢豊かに裸体像を活かして造形化した作品は他にないだろう。

[写真(2):ベルニーニ「アポロンとダフネ」(写真提供:Wikimedia commons)]

ベルニーニ「アポロンとダフネ」  驚くべきは、ベルニーニの一連の名作がシピオーネ自身により彫刻家に依頼されたという事実である。これはつまり既成の美術品を収集する一般的なコレクターとは異なり、枢機卿が若い芸術家の才能を発掘し、活動の舞台を与えたということを意味している。ボルゲーゼ家は言わば17世紀のバロック美術に積極的に与し、その創造に立ち会ったのであった。そのことは、世界でもっとも数多いカラヴァッジョ絵画収集にも表れている。シピオーネは、さまざまな事件を起こしながらも切れ味の鋭い絵を描く天才カラヴァッジョを早くから評価して、現実的なマリアのいる「蛇の聖母」や画家の自己省察と言える「ゴリアテの首を持つダヴィデ」(写真3)などの名作を手に入れている。初期の作品群は、カラヴァッジョが一時出入りしていたカヴァリエール・ダルピーノ工房から回収したものであった。これらの作品の中で、果物の精緻な静物描写こそ近代静物画の起点になるのである。
 ヴィラ・ボルゲーゼはバロック時代盛りの1615年に建造された宮殿と言える夏の別荘建築であったが、その後1775年にボルゲーゼ家後継の人々により内部が大幅に改装された。ときあたかもナポリ近郊でポンペイの発掘が行われるなど、古典古代美術へと関心が深まり、内装は古代的趣向に満ちた新古典主義様式で塗り替えられた。天井画に見える主題は「パエトンの墜落」や「ガニュメデスの誘拐」など、ほとんどがギリシア神話の物語である。これらは18世紀末の絵画であるにもかかわらず、各室を占めるルネサンスやバロックの名品と古代回帰という共通基盤を持ち、美術館全体の舞台空間を巧みに演出している。こうした新古典主義の美学が浸透した魅惑の一室が、カノーヴァ生涯の名作「パオリーナ・ボルゲーゼ」(写真4)のある部屋である。ナポレオンの妹パオリーナは勝利の美神ヴィーナスに扮し、彼女の頭上の天井画には美神が選ばれる「パリスの審判」が見える。
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[写真(左・3):カラヴァッジョ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」 写真(右・4):カノーヴァ「パオリーナ・ボルゲーゼ」
(いずれも写真提供:Wikimedia commons)]

 これだけの絢爛たるボルゲーゼ美術館の名品を心ゆくまで鑑賞するには、どうしても十分な見学時間と事前の基礎知識が必要となる。来る3月下旬に企画されているボルゲーゼ美術館貸切り見学はその絶好の機会となるにちがいない。

塚本博氏
PROFILE
塚本 博(つかもと ひろし)
1950年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科美術史学博士課程修了。イタリア・ルネサンス美術専攻。明治学院大学講師、横浜市立大学講師、朝日カルチャーセンター講師、NHK文化センター講師。
主な著書:『イタリア・ルネサンス美術の水脈』(三元社)、 『イタリア・ルネサンスの扉を開く』(角川書店)、 『すぐわかる作家別・ルネサンスの美術』(東京美術) 『西洋古代美術とギリシア神話』(DTP出版)
訳  書: E.カメザスカ『マンテーニャ』(東京書籍)



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投稿:朝日インタラクティブ