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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2010年09月29日

2010年9月29日 「旅なかま」2010年9・10月号 巻頭インタビュー

都市の魅力
1994年に発表以来、17年目を迎える「都市を歩く」シリーズ(1995年「ツアー・オブ・ザ・イヤー特別賞」受賞)。都市の魅力について、「イタリアの都市」について著書の多い陣内秀信先生にじっくりと話を伺いました。

[右:陣内秀信先生 左:聞き手・海外旅行部長 鹿野眞澄]
attendant.jpg鹿野: 確か1992年に、先生が同行された南イタリアの旅にご一緒させていただきましたが、ローマからバスで約2時間のラクイラという街のことが強く印象に残っています。先生が広場の前に立って、とうとうと一時間解説をしてくださいました。今まで名所旧跡を観るという類の観光をしていたので、広場ひとつでこんなにいろんな話ができるんだと…。歴史、地形、建築学、都市工学上の話でしたが非常に私にはショックでしたし、たいへん感銘を受けまして。このシリーズを立ち上げようと思ったきっかけでもあったんですよ。

陣内先生: あまり知られてない街だったのが良いですよね。13世紀にちゃんと皆の話し合いの上で計画的にできたニュータウンなので、歴史の背景もおもしろくて、イタリアの都市としてはちょっと異質な町です。ラクイラを選んで訪れるというのはまず普通ありえないと思いますけど。イタリア人でも名前は知っていても行ったことがない。
鹿野: イタリアでは比較的新しい街ということになりますよね。
陣内先生: 新しいといっても13世紀ですが(笑)。
鹿野: ヨーロッパの街、その中でも特にイタリアの街は、歴史や文化・文明の発祥となるところが多い。それがカタチとして残っているので、たぶん先生が広場に立って、そこであらゆることをお話しできるのだと思いますが…日本では、つぶさに見ていけば同じようにあるのでしょうけど、その辺のお話を。

ラクイラ アマルフィ
[写真左:ラクイラ(99の噴出し口のある噴水) 写真右:海洋都市国家アマルフィ]

陣内先生: 僕は大学時代建築学科にいたんですけど卒業論文は、「中世のヨーロッパ都市」という研究でした。ところがいろんな本を読んでもかゆいところに手が届くようには書いてない。歴史家が書く都市の話というのは、制度とか権力がどうだとか、そういう社会構造的なことばかりで、なかなか風景や市民の生活空間がわからない。それでじりじりして。ようやく大づかみに都市がわかるような本に巡り会って、実際に夏休みに51日間自由旅行をして、頭にあった歴史的知識を全て確かめて歩いたんですけど、興奮しちゃったんですよ。目の前に全部あるわけでしょ!特に古い町。中世都市に行きましたので、市庁舎も教会も広場を囲む建物の多くも、中世がそのまま残ってる場合が多いですよね。それと、面白いのは中世ならではのロケーションがそこにはある。近代人なら絶対考えないところ、例えばアマルフィなんて、将来の発展性もなさそうだし鉄道もひけなさそうだし、あんなところに街を造ろうなんて近・現代人なら誰も思わないでしょう。当時としては理にかなっていて、限られた技術力と経済力で、あんな傑作を造ってしまう。そういうおもしろいロケーションが多い。ヴェネツィアだってあんなところに、誰が造るかっていう感じでしょう(笑)。ローマも、7つの丘とテベレ河があって、近代都市としてスタートしたら、あんなところに造っていない。もっと平らで、計画的に造りやすくて大開発しやすいところを選ぶでしょう…。そういうおもしろいロケーションも、訪ねれば全部わかるわけです。テキストで歴史を読んだ人でも、行ってみればみんな興奮するはずです。
鹿野: 先生は建築がご専門ですから、都市計画とかそういう形で観ていくと面白いのですが、私たちがやっている「都市を歩く」はツアーなのでどうしても一日一日、例えばフィレンツェならば、今日はアルノ河の右岸、明日は左岸、次の日はルネサンスの時代に集中するとか、メディチ家をテーマで観るとか、そういう切り口でツアーを作っています。
陣内先生: 今おっしゃったのは非常に重要で、僕はいつも街の歴史を紹介するときに、3つのアイテムをどう組み合わせるか迷うんですよね。今おっしゃったように、ブロック=地域、それからテーマ、時代がありますね。その3つ。写真を整理する時もそう、いっぱい撮ってきた写真を整理するのに例えば都市ごとに整理するというやり方。例えばヴェネツィアだとカナルグランデ沿いだとか、サンマルコ広場とか、それからあとは時代ごとにゴシック・ルネサンスとか、あとは、パラッツォ(邸宅)ばっかりとかそういうふうに。それはオーソドックスで重要だと思いますよ。例えばナポリが、急に甦ってきた時期がありましたね。

[写真:ナポリのスパッカナポリ地区]

ナポリ鹿野: 市長さんが替わって。
陣内先生: サミットをやった時でしたね。あの頃、ナポリに観光コースができたんですよ。個人でも行く人たちが巡れるように洒落た表示が。地図が作られて、中世コース、ルネサンスコースとかバロックとか、考古学の地下コースとか。それはおもしろいなあと思いました。
鹿野: それは理にかなった見方だということですよね。ヨーロッパの他の都市でもいえるとは思いますけど、よりイタリアのほうが鮮明で、はっきり見えるというのはどんな点ですか。
陣内先生: いろいろありますね。ヨーロッパは大体古代ローマが滅んで、いっぺん衰退しますよね。イタリアの場合は衰退するんだけど、そんなに断絶しない。1,000年頃から復活して、ものの存在力、持続力、継続するチカラが大きいので、都市の骨格ができるのも早く、ローマンタウンの上に中世都市ができるわけです。古いものがたくさん残る、あるいはローマを改変しながら中世に発展するのだけどその時期が古いので、道の作り方も複雑だったり、特に南へ行くほど、地中海的というか迷宮なんですね。そういうふうにしてできた都市構造をベースに持ってるところが多いので、プーリアとかシチリアとかは複雑な都市構造なんですよ。北へ行くと古代との繋がりが薄いというのと、できた時期が12・13世紀だともっと合理的というか、計画的に都市が造られていて、わりとシンプル。見通しがきいたり。それから都市空間は家の中の連続上というか、気候風土の関係もあるけど生活の舞台になるんです。
例えば夏でも夕方7時ごろから深夜まで、外のほうが気持ちが良いので、家から出てきちゃうんですよね。椅子をそのまま出して、家のリビングルームがそのまま路上に出るような。それと特に南の方はバルコニーが発達してますね。広場は、いかに積極的に使うかという事が重要なことなんだけど、イタリアの人たちは広場へ集まってワイワイやるわけですよね。あれはみんなの共有サロンなのですが、北に行くとその要素が少なくなっちゃう。建築と都市空間は一体―家は小さな都市、都市は大きな家という感覚はヨーロッパ全体に多少あるけどイタリアが圧倒的に強いんです。

ウルビーノ ピエンツァ
[写真左:ラファエロの生れた街ウルビーノ 写真右:ピウス2世の理想都市ピエンツァ]
鹿野: 話は変わりますが、私はお客様によく地図を広げて、全く知らない街でも、地図をみるとだいたいその町の成り立ちがわかりますと話をするのですが。環状線があれば、そこは城壁があった跡、迷路のような道は中世に築かれた地域だとか。多くの町は中心部から遠心状に広がっているって…。地図から都市が読めるということはどうでしょうか。
陣内先生: あるんですね。ヨーロッパの場合、建築は時代ごとに様式がありますよね。古代、中世もロマネスク・ゴシック、ルネサンスになると全然変り、バロックはまた変わるとか…様式区分が本当にできますよね。日本はなかなか難しい。
 それが、ヨーロッパは都市の造り方にまで様式というか時代にふさわしいカタチがある。それは都市開発の仕方の形式、様式と呼んでもいいけれど、中心部にはローマ時代の計画都市の名残が残ってる。ボローニャ、フィレンツェ、そこは碁盤目型。古代都市にフォーラムがあり、それが中世にも中心広場として受け継がれるケースが多いので、求心力を持ちながら外に広がっていく。その次には中世の古い段階で広げているからそこは複雑に道が曲がっている。その外側にまた中世が広がって、だいたいそこで終わって城壁があると。ところがルネサンスを加えた街、例えばフェラーラ。北に大きく理想都市を加えたんですね。そこはもう道がどこまでいってもまっすぐで、遠近法的で、交わるところが非常に重要なパラッツォ=邸宅があるとかね。そういうルネサンスの理想都市。でもルネサンスの原理でできている広い空間をもってる町はそんなたくさんはない。ウルビーノやピエンツァみたいに、街の真ん中だけルネサンスの遠近法的な効果で広場を改造するんです。そこへ行くと、ルネサンスの輝きと秩序があるなとか。城壁の外は19世紀の拡張部分になって、合理的にまっすぐ碁盤目型に作るので本当によくわかります。

鹿野: 先生は東京の町作りにかかわっていらっしゃいますが、身近にある場所ですのでこんなふうに見たらおもしろいという話をお願いします。
陣内先生: 東京は100年前の家を探すのが大変なんですね。木造で耐久性がちょっと弱いという事と、関東大震災と戦災でかなり焼けたので、古い建物が残っているエリアは限られる。イタリアだと建物は12~14世紀くらいのがいっぱい街の中に見えていて、建物=ウワモノをみながら歴史がストレートにわかるんですね。ヨーロッパの中でもイタリアがダントツでそれができるから街歩きが楽しい。東京はそういうわけにいかない。地上に建ってるものはだいたい戦後。だけど、気配とか街の仕組みとか、地面のあり方とか道の造り方とか、東京もデコボコが多いので地形的にこんなに複雑なおもしろい空間を持っている街は世界にもないと思うんですよね。江戸時代に主に道のネットワークができたわけですけど、それをゼロに戻してやりかえるっていう馬鹿なことはしないですよね。そうすると江戸時代の道の上に今があるわけでその癖というのが面白いんですよね。尾根道があったり谷道があったりそれを結ぶ坂があったり、斜面は緑で残しておくわけですよね、日本は。そこに神社ができたり、大名屋敷ができたり、池ができたり。どっちかというと斜面というのは手付かずで神聖なもの。そこに文化的なものができていく。近代になるとマンションができたり、全部ベタっと町にしちゃうんでよくないけど。建物が古いのは少ないけど、道のネットワークあるいは寺や神社の配置の仕方とか、お屋敷があった場所が今どうなってるとか、庶民の空間もそんなに変わってないところもあるんです。そういうのが全部わかってくると非常に知的で面白いパズル解きのようで。工夫した歩き方をすると、東京もおもしろい発見が続々とありますよ。
鹿野: もうひとつ、先生は地中海でもイスラム諸国にも随分、足を運ばれていますよね。
陣内先生: 僕は、イスラームは結構早い段階で目覚めたんですよね。普通はヨーロッパのこと研究しようと思う人はイスラムは全然興味を持つきっかけがないまま終わっちゃうんですよね。幸いぼくはヴェネツィアに行ったので…当時のヴェネツィアの研究者も一般の人たちも、直接影響を受けたという事でビザンチンには興味あったけどイスラムは、宗教上の対立もあるし、ほとんど興味もないというか、シャットアウトされて語られなかった。僕はそんな偏見もないし、当時お世話になっていた都立大の石井昭先生が一年間、研究のためにテヘランにおられたのですが、その時40日くらいかけてジープで大旅行したんですよ。古代ペルセポリスなどもですが、イスラム都市にびっくりして。モスクとか、幾何学、造形の素晴らしさとか。何より中庭にひかれて。石井先生はモスクばっかり調べていたんですけど、僕は抜け出して、住宅に入って簡単なスケッチをしたり。それでやみつきになって。そしてチャンスが巡ってきてイスラムをやりはじめた。新婚旅行でもモロッコ・チュニジアへ行って、トルコは建築の雑誌から依頼されて調査旅行ができて。そのあとシリアから留学生が来たから、これ幸いとファミリーのお世話になってダマスクスの調査。そうやって調べていくと、建築の歴史を研究する人はもっぱら、様式に注目するので、地中海…キリスト教圏とイスラム教圏の共通性はなかなか見えない。だけど、住居とか都市構造、ライフスタイルとかみていくと、実は繋がることが多いんですよ。相互に影響を与え合っていることもある、証明するのは難しいけど直感的にこれは間違いないとか。もともと気候とか風土とか共通した基盤があるし遺伝子が共通みたいなこともあって、比較がダイナミックでおもしろくできるのですね。
鹿野: まだまだ話はつきませんが、先生が長年、現地で調査されてこられた貴重なお話をお聞かせいただきました。我々も今日のお話を頭に入れて、その都市の魅力が引き立つようなプログラムを作ろうと思っています。本日はありがとうございました。

陣内秀信先生 PROFILE
法政大学教授 陣内 秀信(じんない ひでのぶ)
1947年、福岡県生まれ。東京大学大学院工学研究科修了・工学博士。専門はイタリア建築史・都市史。ヴェネツィア建築大学に留学、パレルモ大学、トレント大学、ローマ大学にて契約教授。
サントリー学芸賞、建築史学会賞、地中海学会賞、イタリア共和国功労勲章、日本建築学会賞、パルマ「水の書物」国際賞、ローマ大学名誉学士号、サルデーニャ建築賞2008、各受賞。
主な著書に『ヴェネツィア―水上の迷宮都市』(講談社)、『イタリア 小さなまちの底力』(講談社)など多数。

陣内先生の最新著書 「イタリアの街角から」(弦書房) 絶賛発売中! 詳細は弦書房様のWEBサイトをご参照ください。

投稿:朝日インタラクティブ