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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2011年10月12日

2011年10月12日 旅なかま10・11月号 巻頭インタビュー

〔本稿は会員誌『旅なかま』2011年10・11月号に掲載されたものです〕
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カラヴァッジョからはじまるバロックの世紀

本日は、お忙しいところありがとうございます。弊社では徹底して美術を鑑賞する「美の旅」というシリーズと、一都市に滞在して都市の魅力を深く掘り下げようという「都市を歩く」という他社にはないツアーがあり、秋から冬にかけての主力の旅行となっています。
今日は先生に、これらのシリーズにも共通するヨーロッパ美術を中心にお伺いします。先生はカラヴァッジョに関する著作が多く、お客様の中にも先生の本を読んでいらっしゃる方も多いと存じますので、このへんの話からお伺いしたいと思います。

ボルゲーゼ美術館
■カラヴァッジョがイタリア人に愛されるわけ
まず、イタリアでは、カラヴァッジョはダ・ヴィンチよりも人気があるといわれていますが。
そうですね。まずカラヴァッジョのことからお話しますと、ミラノで生まれてローマで活躍して、殺人を犯してローマから逃げて、南を転々として、ナポリ、シチリア、マルタ島まで行って、途中で死んだという人なんです。したがってカラヴァッジョの足跡を辿っていくと北から南まで訪れることになります。イタリアでカラヴァッジョが国民的大画家として人気があるのは、イタリアの郷土意識の強さと関係があり、例えばフィレンツェではボッティチェリをひいきするなど、郷里の出身者に思い入れがあるのですが、カラヴァッジョはミラノで生まれ、ローマ、ナポリやシチリアで活躍するというように、イタリアのどの地方の人も応援できるということがあるんです。イタリアというのは北と南では全く違うといわれますし、ローマはローマで独立した趣きがありますけど、カラヴァッジョはそれらに全部あてはまると。カラヴァッジョを研究していると、ドイツとか北方の影響もあるロンバルディアの文化から、スペインとか古代の影響のあるシチリアの文化まで幅広く吸収しているというのがあって、それが非常におもしろいですね。彼の作品はローマに一番多くありますが、彼が吸収したものは北から南までイタリア全部のエッセンスがつまっていると思います。
確かにそういう意味では、ミケランジェロにしてもダ・ヴィンチにしても、フィレンツェとローマとか・・・
そう、皆、中部イタリアですよね。北イタリア出身の最大の画家というのはカラヴァッジョですし、南イタリアに一番大きな影響を与えたのもカラヴァッジョです。
私もローマに行って何点か作品を見ましたけど、なんというか、黒っぽい絵の中に、一筋の光がスポットライトのように差し込んでいて、何か劇の一場面を観ている感じで、すごくインパクトがあるんですね。それとは別に彼の生涯は波乱万丈で、非常に変わっていると申しましょうか。・・・
そうですね。人格破綻者だったんです。それで殺人を犯したから南をあちこち転々として、それでカラヴァッジョの作品があちこちに残っているというメリットもあるんです。人格が凶暴で殺人も犯したということで、映画になったり、物語の主人公になったりするんですけども。
カラヴァッジョの絵の影響というのはヨーロッパ全土に広がったんですね。スペイン、フランス、オランダ、ドイツ。カラヴァッジョが一種のキーパーソンで、17世紀のバロック美術全体がわかるんですね。彼の作品からいろんなものが波及して、ヨーロッパ全土にカラヴァッジョ運動というのが起きて、それがオランダの黄金時代レンブラント、フェルメール、スペインの黄金時代、フランスの古典主義を生みだします。ヨーロッパのバロック美術の要になっているというのがカラヴァッジョですね。
カラヴァッジョ以前というのは、カラヴァッジョに明らかに影響を与えたという人はいないのでしょうか。
もちろんありますけど、カラヴァッジョ以前はルネサンスという時代で非常に局地的な運動でした。フィレンツェの宮廷、フランドルやブルゴーニュの宮廷など、限られた都市の宮廷の中で洗練された文化が育まれたのがルネサンスですが、バロックというのは教会が主体だったんですね。宮廷じゃなくて教会。教会というのは教団が国際的にあちこちにあって、庶民が教会を訪れるために、民衆に広がるんです。そして町をあげて色々な祝祭とか建築とかが大事になってくる。カラヴァッジョの運動がヨーロッパ中に広がったというのは、教会を通じてといえます。

■信仰と美術
ちょうど反宗教改革の時期ですね。
今はカトリック改革といいますけどその波が日本にもきて、天正遣欧少年使節が1585年にローマに行ったり、支倉常長が1615年にローマを訪問したり、アジアも巻き込んでグローバルになった。中南米はまさにスペインのバロックがそのまま行った。17世紀というのはヨーロッパが非常にグローバルになった時期であり、その辺もおもしろいですね。
もう一つ、カラヴァッジョの絵画はほとんどが聖書を題材としていますが、人格的破綻者が、はっきり言えば教会の教えとは程遠いことを描くことに、すごく違和感を感じるのですが。・・・
それがおもしろいところですけど、殺人を犯したような凶悪な男が教会の絵を描いて人々を感動させるんです。実際、彼は3回ほど教会から受け取りを拒否されていますね。拒否されるほど過激な絵だったというのもありますけど、ほとんどの場合は、非常に感激されていて、教会も庶民も大騒ぎして彼の絵を求めた。ルネサンスというのが限られた宮廷の中で、インテリを相手にした美術であったのに対して、教会が布教しようとしたカトリック改革の美術というのは、誰にでも、無学無文の民でもわかる、いきなり見て感動を与えるような迫力のあるものでないと。カラヴァッジョはそのニーズに合致したんですね。彼の過激なリアリズムというのは見る人にインパクトを与えるし、予備知識がなくてもわかるということで、彼の過激な性格が迫力のある画風になり、教会が求めていた広く布教しようという姿勢にぴったりと一致したという事ですね。
勝手にこちらが絵を見てこの人は信仰深いとか思っちゃいけないという事ですね。
そうですね、絵と人格は関係がないわけですね(笑)
しかし、レンブラントなんかは、そういう意味では晩年、信仰心を持って絵画を描いたと思いますが、それは人それぞれですか。
レンブラントの場合は、生涯が一つのドラマになっていて、彼は若い頃から売れてて、最後までずっと自画像を描き、日記のように残っている。彼の心境とか経済状況を表していて稀有な画家ですよね。そういった自分の人生や自我を出し始めたというのはまさにこの時代17世紀で、それはオランダのゴッホにも受け継がれていきます。
カトリックとプロテスタントというベースの違いもあるのでしょうか。
もちろん。プロテスタントというのは個人と神とが直接対話する。レンブラントの宗教画が感動的なのは、彼自身が聖書を読んで解釈して描いている。それがレンブラントの宗教的な信念の証明になっているからですね。ですからプロテスタントというのは美術においては、教会に絵を飾るなと言ったり、あまりよくなかったんですが、新しい宗教概念を植えつけた。精神性という点では非常に重要だったわけです。
オランダでは宗教画ではなくても、静物画でも風景画でもフェルメールの絵でも、プロテスタントのそういう精神が息づいてるというのがあるんですね。

フェルメールの街 デルフトの風景
オランダの静物画というのは描かれているモチーフひとつひとつに意味があって、いろいろな象徴として描かれているといわれてます。知らなければそれで済んでしまうようなことですが、図像学といいますか、先生はどのようにお考えですか。
図像学=イコノロジーっていうのがありまして、描かれたものとかモチーフに意味を求めるというのは重要なことですね。ただそれをやり過ぎてしまうと、全部が全部意味だらけになってしまい、全く目の前のものを描くことがなくなってしまう。オランダでは2つの解釈があって、全ての意味を読み解く一派と、それはやり過ぎだということでいまだに決着がつかないんですね。静物画も、何か教訓的な意味があるんじゃないかと。教訓なんかなくて、楽しいから描いているっていう意見もあって・・・私はそれの中間ぐらいじゃないかと思っています。例えば、ヤン・ステーンとかフェルメールは、あまり意味を込めないで描いている。ちょっとはありますけど、教訓的なのもあるけどそうじゃないのもある。でも、ピーター・デ・ホーホは教訓的な絵が好きなんですね。画家によって違うわけです。

■「巨匠」の絵はすべて素晴らしい?
ところで、私も有名な画家の絵を見ればみんな素晴らしいと先入観をもってしまうほうではありますが、ピカソは膨大な作品を残している人ですけど、南仏のアンティーブにあるピカソ美術館へ行った時に、地中海に臨むとても雰囲気がよい美術館だったのですが、作品についてはあまりピンとこなかったのですが。
そうですね。やっぱり巨匠だから全部いいっていうわけではなくて、ピカソの場合は1937年のゲルニカで終わったっていう人もいますね。晩年のピカソは例えば日本にもいっぱい作品がありますけど、アンティーブのもそうですから、見ごたえがなかったのでしょう。ピカソと対象的なのはマチスです。マチスとピカソはよく並び称されますけど、ピカソみたいな派手さもなく、アピールもしない。しかしマチスは晩年にヴァンスのロザリオ礼拝堂という教会を造った。切り絵もつくっていてこれが素晴らしいレベルの高さなんです。ピカソと違って努力の人ですから衰えない。ピカソは直感的な人ですから、描き散らして日記みたいに描いてるので、衰えというものがありますね。
能力がでつくしちゃって。
そうです。でつくしちゃって。ピカソの場合は女好きですから、新しい愛人ができる度にちょっと元気になって、描いたりするんですけど、マチスは着実に努力している人ですから、今、現代美術アーチストに影響を与えているのはマチスなんですね。

ニースのマチス美術館
マチスの絵は見れば見るほど画家は勉強になるし・・・色の使い方とか。画家の絵を見る場合、全部がいいと思っちゃだめです。モネなんかも日本にあるのは全て傑作とはいい難いですけど、晩年になってオランジュリー美術館でかなり頑張っていい絵を描いています。巨匠でもいい作品とよくない作品があって、画家の名前で判断するのは危険なんですよね。

■知られざる巨匠ティエポロ
まだ、日本ではあまり知られていない注目の画家がいれば教えてください・・
それはいっぱいいますけど・・・ヴェネツィアにティエポロという画家がいます。私は1996年にティエポロの本を出版しましたが、絶版になってるんです。出版社ごとつぶれてしまった(笑)ですから、相変わらず知られていないままですけど、イタリア美術最後の巨匠といわれています。18世紀ですが、最後で最大の巨匠の一人です。ヴェネツィアに行くとティエポロの絵が山ほどあって、どれも感動的なんですが、残念ながらガイドブックには本当にチラっとしか載っていなくて、観光ルートにも入っていません。だから私は、ヴェネツィアに行く人にはどこの教会でティエポロの絵を見て・・・というと、みんな感動して帰ってくる、聞いてよかったと。宗教画ですけど、マリア様が青空から降りてくるような。でも、知らないと多分行かないし、行っても天井を見てなんとも思わない。・・・

ティエポロの天井画 ヴェネツィア カルミニ大信者会

イタリアでは「ジォットからティエポロまで」といわれていて、14世紀のジォットがイタリア最初の巨匠で、18世紀のティエポロが最後の巨匠といわれ、「天才の時代」といって、その前後はいません。イタリアはティエポロで使命を終えて、パリに移ります。イタリア人はみんな知っているのに、なぜ日本では知られていないかというと、彼の絵はほとんど壁画なんです。剥がして持ってこれない。要するに展覧会には出されないので、日本にはあまり知られてない。

■イタリアへの美の旅は終わらない
イタリアを旅すると、壁画が多いので現場に行ってそれを観なければというのがあります。我々にとっては旅行になるのでありがたいことですが。
印象派が日本で人気があるのは、壁から外して持ってきてもあまり変わらない。日本でみても明るいところでみても。宗教画というのはそうはいかない。教会の中でみないと意味がありません。外して展覧会でみてもいい絵はいい絵ですけども、教会の空間というのがあって、総合芸術です。この教会の光の中でこういう効果を狙った、ステンドグラスがあるからこっちはこういう色にした、こういうふうに歩いてくるからこういうふうに見えるようにしたとか、すべて考えられています。それを教会でみることがイタリア旅行の魅力だと私は思います。

宮下規久朗先生
それは美術館にもいえて、たとえば、ボルゲーゼ美術館は、カラヴァッジョの一番古いパトロンの一人シピオーネという人があつめた個人コレクションです。それも考え抜かれた展示なんですよね。カラヴァッジョの「ダビデとゴリアテ」の前にベルニーニの「ダビデ」を置くとか。17世紀の美意識がそのまま残っているのがボルゲーゼ美術館です。あの飾り方にはものすごいこだわりがあって、天井画なんかもそれに合わせて描かせていますよね。この絵があるからこういうテーマで描いてとか。美術館自体が一個の美術品です。
イタリアの旅でいつも困ることですが、どこかで修復をしていて覆いがかかっていて・・・。
これはイタリア旅行の常でして。私は、目的のものが半分見れたら良しとしています。バクチみたいなもので、これは見れなくって悔しいと思うけど、こっちは見れてよかったとか。イタリアへ行くと必ず修復中で見れないとかあります。逆に、修復が終わったばかりのきれいなのが飾ってあるとか、何度でも行かなきゃいけないし、何度でも行く喜びがあるということで、一回行って見尽くせるものではないですね。
あれだけの美術品が国中にあって、古代までいれたら2千年前からのものから修復しているわけですから、エンドレスですよね。最近、日本も債務国として有名になっちゃいましたけど、イタリアも財政面では、相当厳しいはずですが、修復の資金というのは・・・
いやいや、イタリアじゃなくて、あれは世界中から集まってくるんですね。日本もかなりだしてますよ。
イタリア美術というのはイタリアのものではないんです。世界の共通の財産。ですから、ヴェネツィアが水に沈んでいくとなったときも、世界中から基金が集まって、ヴェネツィアを救えと。あれは水の都が沈むというのはイタリア人が困るわけではなくて、世界中の人たちが「自分たちが困る」ということになったんです。
世界遺産というのは、だいたいそういう概念ですが。逆にドイツ人というのは昔からイタリアが好きで、もともとドイツは神聖ローマ帝国の跡取りであると。だからイタリアというのを外国だと思ってない。ドイツ人の格言で、「イタリアは最高だ、美術もすばらしい、料理も素晴らしい。ただ一つ欠点は、イタリア人が住んでいることだ」(笑)。ドイツ人にとってイタリア人なんて邪魔なんですね。自分たちにとって自分達の文化遺産を見に来たと。イタリア人、退いてくれと。ゲーテの「イタリア紀行」読んでも、イタリア人のことはほとんどでてこない。イタリア語を覚える気もない。みんなが自分達の庭のように来ている。自分達の原点で、日本人が京都や奈良に行くという感じで、よその国に行くという感覚はないんです。
19世紀の英国貴族は、イタリアに行かないとはくが付かないといって・・・。グランドツアーも同じ感覚でしょうか。・・
そう、修学旅行の教養の仕上げのような感じでイタリアとかギリシャに行って、勉強したラテン語もそこでやるんですけど。イタリアというのは一つの国というよりヨーロッパ共通の故郷という感じで、世界中から修復費が集まるんですよ。
そうですか、安心しました(笑)
話は尽きませんが、今日は、たくさん刺激的なお話をありがとうございました。
来春、現場でたっぷりお話をお願いします。

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発表! 宮下先生同行解説の旅
2012年3月8日(木)発 9日間
「カラヴァッジョからはじまる17世紀美術の旅 ~オランダからローマへ~」
カラヴァッジョの影響をオランダ絵画にみる旅。アムステルダム4泊、ローマ3泊。

投稿:朝日インタラクティブ