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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2011年12月26日

2011年12月26日 旅なかま2012年1月号 新春スペイン特集 魔性のひそむスペインに吹く風

〔本稿は会員誌『旅なかま』2012年1月号に掲載されたものです〕
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今日のように「旅が目的の旅」は、ほぼ19世紀までなかった。旅は特定の目的を遂げるためであって、見学や見物のためではなかった。だから昔の「旅行記」で語られているのは印象よりも、まずは事実誤認を含めた「記録」だ。手元に大部6巻の『スペイン・ポルトガルへの外国人の旅』(スペイン語)がある。シーザーの昔から20世紀中頃までイベリア半島を旅した外国人による記録が、細かな活字で各巻800ページ以上にわたってびっしり詰まっている。ここには昨今の旅行記とは異質の魅力がある。個人の印象に適度な事実や記録をまぶした昨今の旅行記と異なり、ひたすら書き込んだ記録の行間から、筆者の生々しい息づかいが説得力をもって伝わってくる。本書に収録されていないアメリカのA.M. Huntingtonの『北部スペイン・ノートブック』(A Note-Book in Northern Spain, 1898年)は私の愛読書の一つだが、これなどは旅行記であり、文学書であり、学術書でさえあって、読む者はその圧倒的な筆致に打ちのめされる。

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けれども、ふと次のように思うこともある。この生々しい息づかいは、あながちスペインを旅した者の持ち前の文筆力だけによるものではなさそうだ、と。曖昧な言い方が許されるなら、スペインという一筋縄でいかない個性を持った土壌・風土そのものが、旅人の語りを誘導、時にはいい意味で翻弄しているのではないか。そして旅人は思わぬ事態を感知し、それを奔放に書いている自分に、今さらながら気づいて狼狽する。しかもそれは不思議な心地よさを伴う狼狽と言ってよい。      
およばずながら私も、その心地よい狼狽の呪縛から逃れられないどころか、日本とスペインとを過去何十回も往復しながら、逃れたいとも思わない。留学や在外研究で過ごした長期滞在とは別に、今でも毎年2回はスペインに通って3ヶ月余りを過ごすが、スペインはこちらを納得させるような形で、その真相もしくは俯瞰図を容易につまびらかにはしてくれない。某短編小説の登場人物がローマを訪ねた際、セルバンテスはその男に「すべてを見、観察し、すべてを了解した」と言わせている。私はこの登場人物に、どれほど嫉妬し続けてきたことか。力んでスペインに乗り込むわけではない。スペインの錯綜した歴史の痕跡、どこまでも懐の深い風景、さらには行き交う人々に身を晒そうとしているだけだ。「自分探しの旅」などという標語めいたものは、(ピレネーをはじめとする北部)スペインの魔力の虜になってしまった者には無縁でしかない。
小さな村に潜むロマネスク教会の聖像などを美術の知識も持たぬまま眺めていると、心が物理的な力で圧迫されるのを実感して、くたくたになる。疲弊した心を、今度は遠方からやって来て吹き抜けてゆくピレネーの風が撫でる。心を癒してくれる場合もあれば、心の傷口を却って深くしてゆく場合もある。それでもよい。この不思議な感覚は、どうもスペイン独特であるようだ。

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20世紀のスペインを代表する哲学者オルテガは、フランスのスタンダールへの反論として書き下ろした『恋愛論』のなかで、「愛は永遠なる不満足だ」と説いた。満足した瞬間に、恐らく愛は足早に去って行く。よって真の恋愛は、少なからず片思いの側面を持ち続ける。
スペインにのめり込んでしまった者は、満たされることのないまま、その対象を求め続ける。スペインという対象の、いったい何を求めているのかさえもいつしか忘れた上でスペインを訪ね、旅をし続ける。「もうスペインと○×と△□は行ったから、今度は別の国に行く」というのはまったく理に適った発想でありながら、その人は幸か不幸か、まさに幸か不幸か、スペインの毒牙におかされずに済んだ人と言ってよい。
他方、いわゆる観光旅行を通してであれ、幸いにしてその甘美な毒を味わってしまった者は、恐らく再訪しても再々訪してもスペインを「卒業」できぬことを承知で、次のスペイン行きの準備を進める。ことによるとその姿は、丘の上で追えば追うほど逃げて行く月を追う子供のような、他愛のないものなのかも知れない。

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ESPAÑA Photograph Journey 一筋縄ではいかないスペイン はこちら(PDF 1.91Mb)

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投稿:朝日インタラクティブ