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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2011年12月26日

2011年12月26日 旅なかま2012年1月号 新春巻頭インタビュー 「人は、なぜ 旅に出るのか。」

〔本稿は会員誌『旅なかま』2012年1月号に掲載されたものです〕

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「そこにいる」を感じる旅

鹿野(以下「鹿」):宮田さんは、「旅」についての様々な楽しい本をお書きになっていて、近年大変人気のある旅行作家としてメディアに登場されています。何冊か読ませていただいて、本当にうなずくような話と共に、ひきずりこまれるような文章で次から次へと旅についての興味深いエッセイをお書きなのですが、全体をとおしてみますと宮田さんの「旅の醍醐味」というのは「そこにいる」という存在感、「非日常というのが旅」なのではないかと、感じられるのですが。
宮田(以下「宮」):はい。「旅の醍醐味」というと人によってだいぶ感じ方が違うと思うので個人的な意見になりますけれども、今、飛行機で世界中のどこへでも行けて、テレビなどで辺境・秘境も何も見ることができる時代なので、海外に行っても、ものすごくエキゾチックなものを感じるのは結構難しくなっていますよね。既に本で読んだとか、ネットやテレビで見たというのがあり、その先にいくのがなかなか難しい。でもそうじゃなくて「何でもない場所だけれども自分はここに来たんだ」という事が、実は既に奇跡的な事なんじゃないかと。海外というのは歩いて行くには不可能に近い、でも考えてみると何千キロも離れた所に自分は来ているわけで、そのことに一度思いを馳せてみてはどうかとよく思うんですよね。一度自分の頭をまっ白にし、耳を澄まして「ここにいる」という感情をなるべく味わおうと。例えば、パリに行ったら「こことここに行かなきゃいけない」と思い込まず、観光地、有名な場所ではなく「地図のここにいるんだ」、と感じることが充分感動的で、一番の醍醐味なんじゃないかと思っているんですよ。

「見逃せないもの」になるなら追いかけて

鹿:ちょっと耳の痛い話で、私達は限られた時間で「これは見逃せない」というものをあれもこれも訪れようとツアーをつくるのですが…?
宮:それでもいいと思うのですが、あんまりとらわれてしまうと、本当にそれは「見逃せないもの」なのかわからなくなってしまうので、興味のあるポイントだけにしぼって、そこに長くいたほうがおもしろいかもしれませんね。
例えばベトナムに行ったとき、ホテルなどで盆栽を見たんですけどそこに面白い人形がのっていて、「へんなボンサイだな、子供が遊んでつくったのかな」、って思ったんですけど、何かそれがひっかかっていて、帰国後、別の調べものをしている時にたまたま、それがベトナムの伝統的な盆栽だということを知ってあわてて調べたんですけど、どこにも載っていないんですよ。それでもう一回行って、見て回って現地の人に話しを聞いたりすると、やっぱり伝統的にそういう盆栽があるというんです。ガイドブックにも載っていないんですけど、それを発見したときに胸がワクワクしました。

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鹿:それは「ボンサイ」というんですか?
宮:現地では「ホンノンボ」っていうんですけど、「ミニチュアの山」とかそういう意味らしいです。けっこう日本のとはスタイルは違っていて、石をおいて山や島にみたてて、箱庭みたいなところに観音様とか陶器のお人形をおいて・・・それを見つけたときに、まだまだ知らないものはあるんだと。自分の中の何かにひっかかったときに、それがガイドブックに載っていなくても、「見逃せないもの」になるならば追いかけてみたらおもしろいのではないかと思います。
大船観音って東海道線の大船の駅のそばにありますよね。昔それを見るたびに何か変な感じがして、これは何に引っかかっているんだろうと自分に問いかけていって、巨大仏を追いかけて。ついに本まで書いてしまったんです。
鹿:ちょっと目の付け所が我々と違うなとつくづく感じました(笑)。海外でも色々ご覧になりましたか?
宮:ぼくは初めての海外旅行が、敦煌なんです。テレビで見たシルクロードで、心のどこかをほじくられたような気がしてすぐにとびつきました。
鹿:では、オープンして割と間もない頃ですね?
宮:1984年なんで、相当早いはずですね。周りが人民服着てた頃。ああいう遺跡は大好きで、大いに感動してまた98年位に敦煌に行ったんですけど、やっぱり最初よりだいぶ見られる所が減っていましたね。
鹿:人がたくさん来ると痛むので、実は再来年からもう一般公開をなるべくしないで、違うものを見せるようになるらしいんです。「気になる」方は早めにお出かけになったほうがいいですね。

想定外の「発見」も旅の醍醐味

宮:それから、以前から気になっていて行ってみても、まったく違うものに出逢うこともあります。初めてヨーロッパの美術館に行った時、知識がなかったのでとりあえずゴッホやピカソの絵を見たかったのですが、宗教画ばっかりで、印象派の絵はほとんどなくて、最初がっかりしたんですよ。宗教画もおもしろいのだろうけど、乗りきれない自分がいて、ちょっとうんざりしたときに、ぽろっと古い宗教画、イコンとか板絵などの初期の絵画に出逢ったんです。その金色の板絵をみたときに、なんてユーモラスで…ってすごく印象に残ったんです。遠近感がなくて技法が発達していない時の素朴な絵ですね。しばらくそれは忘れていたのですが、あるとき日本の本屋で、同じ絵の載っている図版をみつけたら「ロマネスク」と書いてあったんです。それまでは言葉は知っていたけれど、「あれがロマネスクっていうのか!」と立ちあがってきました。それまでは絵といえば「印象派が見逃せない」と思っていたのに、行ってみたらひっかかって…ここに鉱脈をみつけたという瞬間があるんです。

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鹿:理由なく釘付けになるものに出逢える瞬間・・・そういうふうに、最初に想定したものじゃないものを見つけたときの感動は旅の醍醐味ですよね。私達も、日程を100パーセント埋めようとするのではなく、どこかにお客様それぞれが楽しむ、発見する可能性を残すのは大切かもしれないと思ってきました。

旅の「理不尽」について

鹿:ところで著書に「旅の理不尽」というのがありますが、詐欺にあったり病気で危うい目にあったり・・・色々な理不尽を体験されていますよね。
宮:そうですね、一人旅のインドで一週間寝込んだことがあるんですけど、高熱で、体が動かなくて、食事にもいけない。せっかくインドまで行って、寝てただけなんです。その時は悔しくてしょうがなかったんですけど、あとで思い出すと、その時横になってた壁や天井の景色を思い出して、「確かにそこにいた」という思い出が強いんです。まあ本のネタにもなるなというのもあるんですけど、ただ駆け抜けてしまうより、一週間寝込んで「確かにインドのあそこにいた」と(笑)それがいいことなのかわかりませんけど・・
鹿:旅っていいことばかりではないので、それをどのように感じるかというのは難しいですけど、できればポジティブに・・まったくムダな時間だったと思う必要はないと。
宮:ないですないです(笑)。その時は辛いんですよ、ぼったくられたり病気になったりすると。でも「不安だ」とか「どうしていいかわからない」っていう気持ちや時間は逆にエキゾチック・・どう切り抜けるか、その瞬間はいやなんですけど、「確かに自分は旅をしていた」、と後からこみ上げてくる。想定外の出来事こそが、旅の実感に繋がるんです。
危ないことをわざわざする必要はないけど、ちょっと予定と違う、予定通りに行かなかった時というのは、ある意味まさに旅をしている瞬間じゃないかという気がします。

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「寄り道」も楽しんで

鹿:お遍路さんに行かれて著書もありますが、スペインのサンチャゴ巡礼にもご興味がお在りだと。四国を廻って、何か違う意味を感じられましたか?
宮:四国歩いている時に思ったのは、「88か所まわる」という目標があると、皆さんつい急いじゃうんですよね。なんとなく、ゴールが設定されると、今日のうちにできるだけ進んでおきたいという気持ちになってしまう。でもそこをぐっとこらえて、できるだけゆっくり行く事が大事だなって気付きました。ぼくは巡礼というよりはスタンプラリーみたいな…あまりまじめなお遍路じゃなかったんです。自分は信仰心はあんまりないんですけど、それを信じた人たちが、途中途中でそれをすがっていろんなものを工夫したり、不思議な伝説があったり、巡礼の道に沿って色々な「人」がつくったものをゆっくり見るのが面白いと思いました。それはサンチャゴへの道も同じですよね。なるべく寄り道して行ったほうがおもしろいということもわかったので、サンチャゴも、もし行くのであれば、まっすぐ歩かないで寄り道したいと。

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鹿:サンチャゴのコースもそうですが、弊社のハイキングツアーなども、歩くことに一生懸命になってしまって、あまり周りの景色を見ていなかったということにならないよう、時には寄り道して、周りに何があるかを見ながら行けるようにするといいのかもしれませんね。

人はなぜ旅にでるのか

鹿:非日常的なものを求めて人は旅にでますが、結局辛いことがあったりにしても、また旅にでる。どうしてでしょうねえ。
宮:「なぜ旅に出るのか」というのは難しいですよね。言ったとたんに何かそうじゃないような気がしてきたり、そういうテーマですよね。現実逃避だったりする時もあるんですよ、特に、毎日忙しく働いていて年に数回の大型連休、これはどこかに行きたいという現実逃避でもあるし、同時に外を観るというか、自分の中にないものを知るなり取り込むなり・・・。
鹿:リフレッシュということですか?
宮:いや、リフレッシュではなくて、いろんな視点をもつということですかね。毎日あくせく仕事するという生き方だけが本当の正しい生き方じゃないという事を、旅で知ることが出来る。それを求めに、考えを変えるために行ったわけではないけど、行ってみたらそうなった。自分の中に今まで考えもしなかったものを、少しでも観てみたい、知ってみたいという・・それが原点なんじゃないかという気がします。
「これを求めて」「これを見に」と思いこんで行ってしまって、それしか観ないで帰ってきてしまうと、それはある種「自分の世界の中の旅」で終わってしまう。期待通りのものだけ見て満足してしまっても、まあ、それでもいいんですけど、ちょっともったいないかな。ハプニングなり、想定外のものに出逢って初めて旅が充実してくるというか。
鹿:長い時間ありがとうございました。私達はどちらかというと、「これもあれも提供します」と旅行をつくって、気に入って参加していただいておりますが、よく考えてみると、お一人お一人、違う人生を歩んできていらっしゃるわけですから、ちょっと余裕をもって、お一人お一人が自分の時間を持つ日程を心がけたいですね。限られた時間のなかでもいろいろな試みをして、発見をしてそれを受け入れようというのは旅には絶対大事だなと思いましたし、今日話しをおうかがいしてますます確信しました。一年の最初のお話として、皆様の今後の「旅」をお考えになる上でご参考になれば幸いです。

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投稿:朝日インタラクティブ