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旅のアクセント

2012年02月24日

2012年2月24日 旅なかま2012年2月号 エッセイ スペイン・五軒の家

〔本稿は会員誌『旅なかま』2012年2月号に掲載されたものです〕
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1965年夏、私は初めてのスペインの旅に出ました。当時、パリに滞在していた父(堀田善衞)と合流、フランス留学中の父の若い友人の車に同乗して、約一ヶ月間のスペイン一周の旅でした。
旅の目的は観光ではなく、画家ゴヤの評伝の準備をしていた父の仕事のための取材。
当時はまだ外貨の持ち出し制限があり、今のようにクレジットカードもなく、高速道路も少なく、街道筋の旅籠に泊まっての道中でした。
ゴヤの生涯をたどっての旅は、生家のあるフエンデトードス村から始まり、当時まだ緑少なく、砂漠のようだったスペインの広野を巡り、フランコ政権下、立ち寄る村々の入口には、ファランヘ党の紋章「束ねられた矢」が威圧感をもって掲げられていました。
サラゴサ、マドリード、トレド、コルドバ、セビリア、サンルカール、カディス、グラナダ、バレンシア、バルセロナと、北の地方を除いて、ほぼ一周をしました。
父にとって、取材は原稿を書く以上の大仕事だったと思います。ゴヤの立ち寄った先々を訪ね、読むことはできても、話すことにはまだ慣れていないスペイン語を操り、地図にも載っていない場所を訪ね、絵を見て、資料を探す。この旅以降、父は何度となくスペインを訪れ、取材をしていきました。
1977年、連載に4年の歳月を費やした『ゴヤ』の四部作もようやく完結し、父は休息をかねて、しばらくの滞在をするために、母とともにスペインへと旅立ちました。今度は取材でもなく、旅行でもなく、家を借り、定住してゆっくりと過ごすために。

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スペインでの住居、最初は北スペイン・カンタブリア海に面したアストゥリアス地方の戸数250戸、人口250人、牛も250頭というアンドリン村・北緯43度。父曰く、スイスの高山と牧場のような景観に、カモメが飛んでいる。そして1時間の内に霧、雨、青空、どしゃ降り、天候変転きわまりなし……
アンドリン村で夏の間を過ごし、マドリードへ出、そしてグラナダへ。グラナダの町の中心から10キロほど離れた、シェラ・ネバダ山系の最後の丘、ゆるい傾斜のウエトール・ベガ村の一軒家へ。石造りの家の冬の寒さがこたえ、同じグラナダの一方の丘、アルバイシンの頂上に建つアパートへ再びの引っ越し。

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眺めの素晴らしいところでした。前面左にアルハンブラ宮殿、グラナダ全市一望。
特にアルハンブラ宮殿の向こうに落ちていく夕陽は、たとえようもなく美しく、父は生涯の夢のひとつを実現したと、日々テラスへ出て、アルハンブラを眺め、夕陽に瞳を細め、読書にいそしんでいました。
父の夢だったグラナダ暮らし。ただグラナダの夏は厳しく、暑いというより熱い。
一度日本に戻り、また引っ越し。
次に定めた住所は、フランス国境まで100キロ、車で10分ほどで地中海、コスタ・ブラバ海岸というカタルーニア地方イョフリウ。外壁を蔦で覆われた石造りの農家を借りました。
背の高い生け垣に囲まれた芝生の庭には、オレンジ、レモン、ミモザ、オリーブ、ブドウ、糸杉などの樹木。
夜半、この家の2階の窓からは、満天の星の下、小さな丘に高い塔と城が、村々の灯によって照らし出されているのが見えました。父はムソルグスキーの組曲に思いを馳せ、懐かしくも至福の時を過ごしていたようです。

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またまたの引っ越し。イョフリウの家は水道に砂が混じり、修繕不可能のため、バルセロナ市内のアパートメントへ。市内山の手の住宅街。ここで約8年の年月を過ごし、勉強をし、仕事をしていました。
バルセロナでの日々は、市場へ買い物に行き、郵便局へ行き、散歩をし、時々小旅行に出てという、スペインの歴史を肌で感じながらの暮らしでした。
父のスペインは、ゴヤの取材から始まり、旅を通じてその歴史に触れ、居を定めてからは、日々の暮らしの中から、ほんの小さな事象をとらえ、不思議がり、感心し、疑問に思ってはその意味を問うという次第でした。
全部ではありませんが、場所場所で私も一緒に過ごし、スペインを観光とはちょっとずれたところから、見て、感じて、あきれて、少しだけ暮らしていました。
スペインでは、時が少しだけゆっくり、そしてナチュラルに進んでいるような気がしています。朝の空気を吸い、太陽の光を浴び、夕陽を眺め、星空を見上げる。そういう旅も、いいものです。

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投稿:朝日インタラクティブ