トップページ
>
旅なかま
>
バックナンバー
「魅惑のフィレンツェ至福の時」を過ごす
シルクロードと旅を考える
最新号
「旅なかま」をお届けします。朝日サンツアーズを知っていただくためにはこの一冊。
「旅なかま」請求
2007年 7月号
2007年 4・5月号
2007年 3月号
2007年 2月号
2007年 1月号
2006年 11・12月号
2006年 9・10月
2006年 5・6月
2006年 3月
2006年 2月
2006年 1月
2005年 11・12月
2005年 10月
2005年 9月
2005年 8月
2005年 7月
2005年 5・6月
2005年 4月号
2005年 3月号
2005年 2月号
2005年 1月号
2004年 11・12月号
2004年 9・10月号
2004年 7・8月号
-- 旅人の道 --
私がシルクロード上で最も旅情へと誘われる喀什(カシュガル)。その街は古来より中央アジアの交通の要として栄える旅人のオアシアスでもある。いつの時も旅は都・長安(西安)から西域の門ハミへ、そこから道は大きく分かれ、北西へ向えば、草原の道・天山北路へと続く。南西に向えば、天山、崑崙、カラコルムの大山脈群に囲まれたタリム(タクラマカン砂漠)を抜け、カシュガルに着く。その道はシルクロードの王道。天山南路と称される。
かつて旅人はここカシュガルの地でローマへと続く最大の難所パミール越えの旅仕度をした。
−−そして現代。さほど古来とは変わらぬカシュガルのバザールでは、活気に満ち溢れたウイグル族の売り手と真剣な眼差しの買い手(旅人)との人間模様が今日も続く。
旅なかま新春号では、1950年代からシルクロード研究を続ける歴史家・金子民雄氏に『シルクロードと旅』という壮大なテーマで迫ってみた。
■
この度は、先生にお話していただけるとあって光栄です。早速シルクロードと旅の観点からお聞かせください。
金子
私はシルクロードという壮大なテーマの旅をより深く楽しむには、ひとつは歴史に重点をおくことであると思います。
何故ならシルクロード上には、あらゆる歴史的テーマが凝縮されているからです。歴史(テーマ)といっても、参考書にでてくるようなものに限らず、自然や探検の歴史を含む広いものです。 私が"食菜"というテーマを持って旅に出た時には、シルクロード原産の野菜・果物を中心にバザールを回ります。例えば、ザクロ、人参、アーモンドの原産はアフガニスタン、茄子はインドが原産です。どれも薬草としてシルクロードを経て日本に運ばれました。旅の途中のバザールでは、日本で馴染みはあるけれど少し違う野菜や果物に出会えます。−−非常に興味深いのバザールへの眼差しは常に真剣ですよ(笑)。例えるなら、「野菜の歴史を追う旅」でしょうか。野菜と香料については雲南省も魅力的です。
これからシルクロードの旅を計画している方々も多いと思います。名所旧跡の知識だけでなく自分のテーマをひとつ持つことにより一層旅の世界が広がることでしょう。旅は、自己満足の世界ですから。
■
旅行会社として少しでもお客様のニーズに合った旅を企画するように心がけることが必要ですね。
-- 色の道−ラピズラズリ
--
金子
ある旅でカブール(アフガニスタン)を訪れた時、どこまでも濃いブルーに出会いました。それがラピズラズリ(準宝石)でした。日本では瑠璃色で知られています。
他の壁画の色である赤色は水銀を多く含んだ辰砂(印材)から、緑色は青銅を腐食させ色をだした天然の塗料を利用したそうです。どれも、現在の絵の具と違って天然材料ですから年月を重ねても壁画が変色しない共通性があります。
敦煌などの壁画を訪れると鉄分が含まれ黒く変色しているところがあります。しかし、別の壁画は鮮やかなブルーが残っています。−−ラピズラズリです。アフガニスタン産のラピズラズリを遠く離れたこの地まで運ぶのは困難であり、高価なものであると想像できます。同時に貴重な壁画であることが伺えます。シルクロード交易があったからこそ、ラピズラズリを顔料にすることができたのでしょう。
タクラマカン砂漠の北に玄奘三蔵の大唐西域記にも登場する、クチャの町があります。その郊外に壁画の残る石窟としては中央アジア最古のキジル大石窟群があります。その千仏洞の壁画は、敦煌と比べ赤色の少ない壁画が中心です。長安から交易が困難な立地であり、さらに敦煌から西に位置するクチャの壁画は、中央アジアの色であるブルーが多く利用をされています。
日本では、奈良県明日村のキトラ古墳(世界最古の天文図を持つ古墳)の壁画にもラピズラズリが使われています。ということは、中央アジアから、遠く離れたこの地にまでラピズラズリが運ばれ、シルクロード交易の延長に日本も含まれていたことになります。
現代の旅人の目を堪能させてくれるラピズラズリ。改めてシルクロード上の歴史が偉大であるかを語っているような気がします。
■
お客様の視点で旅の世界を無限に広げ結びつけることができる旅がシルクロードにはある。素晴らしい限りです。ところでこの地を旅した偉人や探検についてはどのようなお話が。
-- 偉人の道 --
金子
何故、モンゴル帝国の創設者チンギスハンは世界征服をするのに西へ向かったと思いますか。おかしいと思いませんか。通常は、温暖で人口密度の高い南に進行するのが自然です。ところが騎馬民族であるモンゴル帝国にとって貴重な草原の領土を拡大することが西への進路を決定づけたのでしょう。主な移動の手段は馬でした。ですから馬の餌(草)が現代でいえば、石油ような役目を果たしたでしょう。当時地球が乾燥化に向い牧草が不足した のではという憶測もあります。−−環境的な影響です。
また、東方見聞録で有名なマルコポーロ。彼は1254年、ヴェネツイアからシルクロードへと挑んだ大旅行家です。私は、イタリアの商人でもある彼の旅の足跡を地図上で辿ったことがあります。彼の訪れたアジアの都市はほとんどが宝石の原産地と一致します。ということは、彼の旅には宝石商売が大きく関わった。恐らく彼の旅の目的は、商売=宝石であったのでしょう。宝石は持ち運びが実に便利ですから。また、『東方見聞録』では、美女の産地と称される都市に長期滞在をしています。私の憶測に過ぎませんが、彼のさらなる望みは美女を探す旅であったのかもしれません。なんともイタリア人的でユニークです(笑)。
金子 民雄氏(かねこ たみお)プロフィール
1936年生まれ。日本大学商学部卒業。
Ph.D(歴史学)19〜20世紀の中央アジア史と探訪史の研究を続ける。
著書:「ヘディン伝」「シルクロード人と本」「西域列伝−シルクロード」「楼蘭への旅」「タクラマカン周遊」「文明の中の辺境」など多数。
お申込・問い合わせ:03-5777-3377(海外旅行)/03-5777-6688(国内旅行)
営業時間:月〜金(09:30〜18:00)/ 土・日曜・祝日 休業
メール:
webmaster@asahi-suntours.co.jp
(海外旅行)/
cus@asahiryoko.co.jp
(国内旅行)
↑このページの先頭へ
Copyright(C) ASAHI SUN TOURS 2004 All rights reserved.