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ブルターニュ地方にはフランス北西部の半島で「地の果て」と呼ばれる地域があるが、一九六〇年代の終わり、初めてパリから当時の汽車で七時間余かけて行った時に、その「地の果て」という呼称を実感した。さして高くない山々と丘のまわりに森がつらなり、荒れた海がまわりをとりまいている。
素朴な石の十字架が海に向って立っている。青の屋根に灰色の壁の家々がかたまって点在している。
ちょうど夏のおわりで「ヴァカンス」をすごした人々の車が荷物を屋根にのせて、夕焼にそまる海岸ぞいの街道をパリへ向って続々と走っていた。村の広場には、キリスト殉難を挿話で示した石の群像「キリスト殉難像」が立っている。最古のものは半島の西南端近いトローノエンにある。ブルターニュとは海の向うのイギリスに対する小ブルターニュを意味していた。というのもケルト文化を共有し、かつてローマのシーザーに追われて彼の地に逃げたものの、五世紀に再び戻って来た人々が住んでいる。キリスト教に改宗したものの、集団的で、しかもケルト的民俗性をもっていたから、ブルターニュ地方では、あらためて司祭や教会を通じてキリスト教とは何かを彼らに説く必要があったためである。
この地方で多くの絵を描いたゴーギャンの主題の中に「キリスト殉難像」があるのも、この民俗的な理由があるからだろう。白い頭布を冠って働いている農婦が描かれているのもこの地方の特色をあらわしている。ケルト文化的だと私が思ったのは、ダウラスの教会回廊の中心に、人頭をまわりに刻み、その口から水が出ている水盤を見たからである。アイルランドのある教会の半円形壁面に、横に幾段もぎっしりと人頭が並んでいた。昔、ケルトの時代には首狩りの習慣があった。その痕跡である。
ブルターニュ地方は森と海の国である。その自然に惹かれてゴーギャンはここに来、なおそれにあき足らず、遠くタヒチへと去った。この地方の西南部にポン・タヴェンという画家たちが集っていた町がある。又、古い巨石文化(五千年程前)を示す直列石や石室が果てしなく野や丘につづくカルナックやロックマリアケルの地方も西南部にある。
キリスト教会でも北東部には、まるでローマの円形劇場に似たランレフの教会があるが、それはイエルサレムへ巡礼した村の司祭が聖墳墓教会を見て、おのれの村に円形の教会を立てたからである。トローノエンの教会には胸を出した聖母マリア像もあるが、それは古代女神信仰に似て豊穣の大地母神信仰が人々の心性に残っていたためだろう。
私がとりわけ心惹かれた町は北東部にあるディナンという入江にのぞんだ町で、二階の軒から上が両側から接している程の古い木造の家々が並び、又、石畳の古い道を下ってゆくと、石造の橋がある海辺の家々が立っていた。十九世紀のロマン派の詩人、シャトーブリアンがよく訪れたところである。
ブルターニュ地方では古いブルトン語(ケルト系)が用いられている。大学の講義にも国家試験にも使われるから、正しい意味でフランスは二つの言語圏なのだ。
私の好きな現代小説にユグナンの『荒れた海辺』がある。兄と妹の愛とこのブルターニュの夏のおわりを描いたもので美しい。古くは中世の聖杯物語や騎士道物語の舞台となり、『トリスタンとイゾルデ』伝説の場所でもある。
私はブルターニュ地方に七回ほど行っているが、パリのような忙しい都市からゆくと、ほっとする。夏でも寂しい深い青をたたえた海や人気ない昿野を眺めていると心やすらぐのだ。
(写真は、筆者より)
饗庭 孝男氏(あえばたかお)
略歴:1930年大津市生まれ。南山大学文学部フランス文学科卒。パリ大学、国立高等研究院に留学。現在、青山学院大学名誉教授。文芸評論家。日本と西欧文化の美意識について透徹した評論で知られる。
著書:『石と光の思想―ヨーロッパで考えたこと』(平凡社ライブラリー)、『幻想の都市』(講談社学術文庫)、『西行』(小沢書店)、『ヨーロッパ古寺巡礼』(新潮社)、『日本の隠遁者たち』(ちくま新書)など、『フランス芸術紀行』(新潮社)など多数。
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