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旅なかま 4月号

エルミタージュ
エルミタージュ
エルミタージュ


エルミタージュサンクト・ペテルブルグは、ピョートル大帝(在位1682〜1725)がバルト海の制覇と西欧への進出をめざして建設した都である。大帝はロシアの近代化・西欧化政策を強引に推進し、1703年にはフィンランド湾に注ぐネワ川の河口地帯に都市計画に基づく新都の建設を始めた。18世紀前半にロシアは「中世」からの脱皮をはかり、西欧の先進諸国に追いつくために急成長していった。この時期、ロシア国内のあらゆる分野に西欧の専門家が招来され、彼らがロシア人に専門教育を行い、創作活動にも従事した。建築分野でも最初は外国人の建築家が指導的役割を果たしたが、18世紀中葉になるとロシア人建築家の活躍も目立つようになった。さらに、優秀な建築家は西欧諸国に派遣され、帰国後は近代ロシア国家の発展に尽力した。エリザヴェータ女帝(在位1741〜61)時代にはバロック建築が主流を占めた。しかし、エカテリーナ2世(在位1762〜96)からアレクサンドル1世(在位1801〜25)時代にかけては、新古典主義建築が全盛期を迎え、ことに、ネワ河畔にはこれらの様式を代表する宮殿・邸館・公共建築物が、いまも壮麗なたたずまいを誇っている。とりわけ、エルミタージュ美術館の建物は、ロマノフ朝の歴代ロシア皇帝が増改築を繰り返してきた宮殿であり、そこにはさまざまな建築様式が混在している。
ルミタージュ美術館は冬宮・小エルミタージュ・旧エルミタージュ・新エルミタージュ・エルミタージュ劇場の5つの建物から成っている。同館には、300万点にのぼる世界の文化遺産が所蔵されている。収蔵品は旧石器時代の考古学的遺物から現代美術にいたるまで多種多様で、原始文化史部門・古代ギリシア=ローマ美術部門・東洋美術部門・西洋美術部門・ロシア文化史部門・貨幣学部門に分類されている。エルミタージュ美術館の収蔵品の素晴らしさもさることながら、かつての宮殿の大広間や皇室の私的な部屋めぐりも楽しいものである。

エルミタージュ冬宮は、ロシア・バロック最大の宮廷建築家フランチェスコ・ラストレリ(1700〜71)が1762年に完成させたエルミタージュ美術館の中で最も規模が大きく、最も美麗な宮殿である。冬宮の建築史上最大の悲劇は、1837年末の大火である。この火災で宮殿内部はすべて焼失し、残ったのは壁だけであった。大火後は、ロシアの建築家ワシーリイ・スターソフ(1769〜1848)らが、冬宮の復興・復元工事に専念し、彼らは防火目的のために新しい建築資材を導入するなどの部分的な変更を加えはしたが、大火前の宮殿の姿をほぼ復元することに努めた。エルミタージュ美術館のロシア文化史部門は、6世紀から20世紀にいたるロシア美術を中心に収集を進めている。その中にエルミタージュの建物の外観や内装を描写した水彩画・素描が三百点ほどある。それらの作品は19世紀の画家が制作したもので、ロマノフ朝の宮廷文化の一端、その雰囲気を伝えている。そのいくつかを紹介したい。ロシア皇帝主催の儀式・晩餐会に招待された王侯貴族や諸外国の大使らが冬宮に到着して、最初に上って行くのが主階段(『大使の階段』)であった。そこにはバロック風の華やかな動きのある装飾に彩られた、吹き抜けの明るい空間が広がっている。エルミタージュ美術館めぐりは、ここから始めると興味深い。この階段を上りきって、二階の左側の扉を開くと、新古典主義の大広間『陸軍元帥の間』、『ピョートル1世の間』、『紋章の間』、『1812年ギャラリー』、『聖ゲオルギイの間』へと続く。

エルミタージュ『陸軍元帥の間』(1833〜34 モンフェラン)の壁には、二本ずつ並ぶ長方形のイオニア式片蓋柱が一定の間隔を置いて配置され、柱と柱の間に陸軍元帥の肖像画が飾られていた(ガウの水彩画参照)。厳格で落ち着きのあるこの広間の中央には巨大な金色のシャンデリアが3つ下がり、室内の装飾文様にはアカンサスの葉や月桂冠などの古代ギリシア・ローマ時代ゆかりのものが使われている。また、浅浮彫の軍事的モティーフ(盾・鉾・戦斧・甲冑等)は、1812年にロシアがナポレオンとの戦争に勝利してから新古典主義建築に頻繁に使われるようになった。ピョートル大帝の偉業を讃える『ピョートル1世の間』(1833、モンフェラン)を通ると、バルコニーを支える列柱が黄金色に輝く豪華な『紋章の間』(18世紀末 フェリテン)に出る。この広間は新古典主義様式の典型的な列柱の間であり、古代建築によく見られるような柱の縦の溝彫は、とくに印象的である。『聖ゲオルギイの間』(1795 クァレンギ)の正面には皇帝の玉座が置かれ、その上には国家と軍隊の守護聖人として崇拝された聖ゲオルギイの浮彫が大理石に刻まれている。バルコニーを支える二本一組の列柱が、広さ八百平方メートルの大広間の両側にずらりと並び、それらはイタリアのカラーラ産白大理石のコリント式円柱で、縦に溝彫が施されている。ブロンズに金箔を張ったコリント式の柱頭・シャンデリア・バルコニーの手摺を支える小柱や天井の黄金色に輝く装飾と白大理石の柱や壁は、美しい調和を見せ、重厚で壮麗な建築美を作りあげている。まだまだ広間は数多く続くが、このようにロシア史やロマノフ朝の宮廷文化に思いを馳せながら絢爛豪華な広間をめぐるのも、古の異文化に触れる好い機会である。

新田 喜代見 新田 喜代見氏(にったきよみ)

美術史家
モスクワ大学美術史学科大学院修了芸術博士号取得

〈主な著書〉
「エルミタージュ美術館―ロシア民族の芸術と文化」(日本放送出版協会)
「世界美術全集」(小学館)の18世紀〜20世紀初頭のロシア美術を執筆。
「西洋絵画作品名辞典」(三省堂)の18世紀〜20世紀初頭のロシアの主要画家について執筆。その他、翻訳多数。トレチャコフなど日本での美術館展を監修。


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