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―垓下遺址を訪ねて―
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早春の垓下は一面の菜の花畑であった。花も茎もたくましく、鮮やかな黄色が、麦畑の緑とパッチワークのような美しさを見せていた。「四面楚歌」の故事を生んだ、項羽と劉邦最後の決戦地垓下は、安徽省霊璧県の今は静かな農村である。その一隅に「垓下遺址」の石碑が立つ。余計なものは何もないのが嬉しい。目を閉じれば、木の葉のさやぎ、鳥の声、かすかな風の動きが、二千余年前の世界に誘ってくれる。此処垓下で、六年にわたる楚漢戦争に終止符が打たれ、あの勇猛な項羽が敗れ去った劇的な史記の記述が想起される。
韓信、黥布の率いる漢軍の猛攻により、包囲された項羽陣営。夜半漢軍の中から楚の歌が聞えて来た。「ああ、楚人悉く漢軍に降ったか」と驚愕した項羽。絶望の果てに歌った詩は、哀惜の情を以て今も人々に愛される。
力は山を抜き 気は世を葢う
時利あらず 騅逝かず(騅は愛馬の名)
騅の逝かざるを奈何すべき
虞や虞や 若を奈何せん
寵姫虞美人、愛馬騅に言寄せた項羽の激情が憶われる。史記、三国志ほど日本人に愛され、読み継がれた読物は稀であろう。物語に尾鰭がついて、時に講談めくことはあっても、それはそれでよし、である。
ふと気がつくと、何処から集まったのか、頬の赤い多勢の子ども達に囲まれていた。若い女の先生も一緒だ。みんなにこにこと屈託のない笑顔で、喜んで写真に収まってくれた。こんな畑の真中に、わざわざ来る観光客は稀なのであろう。
ところで漢軍から湧き起った楚の歌とは、どんな調べなのだろうか。余韻嫋々とした、もの悲しい調べだろうか。楚の歌をうたったのは、漢軍の仕組んだ罠であったかも知れないが、直情型の項羽は、驚きとともに魂が揺さぶられるような、熱い望郷の念に駆られた筈である。
いささか感傷的になってあれこれと想像を拡げているうちに、静かな垓下の村にも夕暮が迫って来た。
○牛曳きて帰る人見ゆ暮れがたの菜の花ばたけ花明りして
古代の人々の喜びも、悲しみも、恨みも、夕闇の中に溶けて鎮まるかのようであった。
天運に見放されたと歎いた項羽は、虞姫を刺し、愛馬騅を駆って包囲網を突破し、結局揚子江に通ずる烏江の辺りで自刎する。故郷へと、自然に足が向いたのであろうか、と思えば哀れを誘う。
自刎したとされる烏江の渡し近くに、項羽を祀った覇王祠がある。劉邦に敗れ、三十一歳の若さで死んだ項羽を哀れんで、後世の人が祀ったものを、次第に立派に改修したと聞く。しかし田園の中の廟には訪れる人もなく、廟は糠雨の中にひっそりと濡れていた。
○楚王項羽覇者となり得ず畑中の墳は茫々煙雨の中
史跡を訪ねて何を求めるかは、人それぞれであろうが、その地に立ってみて初めて実感として得る知識もある。それまで私は「四面楚歌」の意味を、周りがすべて敵で、自分が孤立している状態、と単純に解していた。しかし垓下に来て、それは少し違う、ということに気付いた。自分の味方だった者までが、何時の間にか敵に廻った結果、知らないうちに孤立してしまった状態なのである。結局は「周りのすべてが敵」ということには違いないのだが、もう少し微妙なニュアンスがあり、本来の意味の方が格段にきつい状態だと思う。言葉は常に変化してゆくものだから、固執するわけではないが、原点を覗き得た喜びがある。
史記、三国志が愛される所以は、登場する人物の魅力でもある。武田泰淳は劉邦、項羽を「二つの太陽」と表現した。太陽は同時に二つ存在し得ないのだ。そしてこの太陽を繞る星達の壮絶な生き方も、読む者を魅了して止まない。現地に立つと、それらの群像が生き生きと立ち上って来るという思いも深い。
旅に出て古代の人々を偲ぶ時、命の限り生き抜いた人達―それが名将であれ、名もない貧しい庶民であれ―を通して、「生きる」ことの意味を思う。受け継いで来た「命」の重さを思うのである。
○古戦場址のはたけに鵲が長き尾を振り妻を求ぐなり
小さな鳥も、連綿と己が命をつなぐ。旅の心は又、鎮魂の心でもある。
○立ちのぼる湯気をくぐりて朝市に登校の子らと包子頬ばる
森 幸枝氏(もり ゆきえ)
歌人
藤森朋夫氏(アララギ派の歌人)ならびに岡野弘彦氏に師事。短歌会『人』解散後、藤井常世氏代表の『笛の会』に参加。四百四十四首を収めた歌集『瑠璃瓦』を1996年に出版。弊社の旅行にも30回以上参加、旅の写真コンテストにも入賞されています。
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