MALTA(マルタ)
シロッコの造形美と地中海文明のルーツ
地中海のまんなかにぽっかり浮かぶ島マルタ。人なつこい人々、自然の美しさ。小さな島はマルタ騎士団の歴史とともに、太古の巨石神殿群も満載です。
マルタはゆるやかな台地状の島ですが、海岸線は深く切り込む入り江が多いのが特徴です。特に島の南側はアフリカ大陸から地中海に吹き抜ける南風シロッコの侵食により、岩だらけの大地をすっぽりと切り落としたような断崖が続きます。荒波が刻み込んだ自然の造形が深いマリンブルーの海の色彩に溶け合って、一種独特な風景です。
マルタはその小さな国土に巨石神殿が30以上といわれていますが、そのうちギザのピラミッドより古い、恐らく世界最古の建造物といわれる神殿も残っています。ジュガンティーヤなどの神殿は石の積み方も明瞭で、そこから出土したマルタヴィーナスや壷なども考古学博物館でみることができます。
海と土はマルタに極上の魚と野菜をもたらしました。お肉の料理も豊富です。味付けや料理方法はイタリアン、地中海料理、アラブ料理が混ざりあったかんじで格別です。豊穣の女神に感謝しつつ、最近注目のマルタワインとともに味わいましょう。
 
SPAIN(スペイン)
いくつもの顔を持つスペインの海
スペインを代表する海といって真っ先に思い浮かぶのはヨーロッパ屈指のリゾート地「コスタ・デル・ソル」。「太陽の海岸」という名の通り、陽光におおわれたビーチが延々と続きます。またこの青い空、青い海とのコントラストが美しいアンダルシアの白い村は必見。ぜひ足を運びたいところです。
そしてスペインの海を楽しむならマジョルカ島も見逃せません。何せここは年間の晴天が約300日という絶好の気象条件を持つのです。島のシンボル、カテドラルと海が一体になると絶好の被写体になります。
またそれらの海とは全く異なる表情を持つのがコスタ・ブラバ。カタルーニャ地方にあるこの海岸は海が濃紺色で海岸線が荒々しく、ダリゆかりの街カダケスを擁します。また周囲にはフィゲーラス、ビック、ジローナなど、カタルーニャ芸術の街も多くあり、コスタ・ブラバにあるパラドールでゆったり滞在しながら訪問してみたいものです。
 
ITALY(イタリア)
混ざり合い、重なり合った文化の楽園
地図を開いてみてください。パレルモと地中海の東端アレキサンドリアまでと、西端ジブラルタルまでの距離はほぼ同じです。また同様にアテネまでとマルセイユまでも等距離にあります。こうした地理的環境から、シチリアは大昔からギリシャ、カルタゴ、ローマなど、地中海世界に覇をとなえようとする諸民族が次々と相争い通りすぎていきました。ビザンツ、アラブ、ノルマンの時代になると、戦いよりは融合の道を選ぶようになります。モンレアーレの大聖堂に代表されるように、ファサードは要塞風のノルマン様式、後陣と内壁の下半分はアラベスク模様、上半分はビザンチンのモザイクと、他にはみられないユニークな建築、文化があらわれます。
またアラブ人たちは故郷からオレンジ、レモン、綿、ナツメヤシ、ざくろなど当時のヨーロッパでは未知の植物を植え、農耕栽培技術と灌漑組織を導入し、その名も「オリエントの楽園」に仕上げていきました。今もシチリアを訪ねると、彼らによってもたらされた恵みの果実の多さに驚かされます。また、レモンチェルロやジェラートなど、その産物の美味しいことは周知のとおり。
融合の道を選んだ人々の子孫であるシチリア人たちは、人なつこくてとても穏やかです。
 
FRANCE(フランス)
プロヴァンスのはじまりからベル・エポックまで
今から2500年程前、当時の地中海世界では最も勢力の強かったイオニア人の船が小さな港に上陸しました。地元はちょうどお祭で、族長の娘婿選びの儀式の最中でした。彼女が選んだのがイオニア人の船長プロティスで、父親は婚資として港一帯の土地を彼らに与えました。これが今のマルセイユの旧港です。その後マルセイユは地元民との中が険悪になった際、カルタゴを滅ぼして意気あがるローマに救いを求めます。その結果ローマの属州となり、プロヴィンキア・ロマーナと呼ばれるようになりました。これがプロヴァンスのはじまりというわけです。
ニースの北はアルプスです。そのせいで北風がほとんど吹き込まず快適なので、100年程前からイギリス、ロシア、ベルギー、ドイツなど北ヨーロッパの貴族や資産家たちの避寒の地として発達していきました。小さな港は豪華な帆船であふれ、海岸沿いには贅沢な別荘が建ち並びました。「ベル・エポック」と呼ばれた時代です。
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