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旅なかま 9月号

「アフリカのポンペイ」ティムガド
「アフリカのポンペイ」ティムガド
「アフリカのポンペイ」ティムガド


ポンペイ ひと口に「ギリシャ・ローマ文明」というが、この両者には相違点が多く、思想の面からいえば、「ローマはギリシャの反映にすぎない」と極めつける学者もいる。では、ローマは何を創造したかといえば、それは都市。ローマ人にとり、文明とは都市のことであった。
 ローマはクレオパトラを滅ぼして地中海世界を統一した後、この海を「われらの海」と呼び、その周辺地域にせっせと「小ローマ」を立ち上がらせて、そこからローマに通ずる道をつくった。「われらの海」の安全を守るためだ。
 このような「小ローマ」のなかで、われわれをもっとも劇的に迎えるのは、東部アルジェリアの港スキクダから250キロメートルほど南下し、はるかにサハラ砂漠の丘陵地帯を望む平地に立つティムガドの廃墟だという(地図参照)。
ポンペイ 私がその存在を知ったのは、ある年の春、スキクダに進出した日本企業を取材中、そのオフィスで、アルジェ発行の案内書を見せられた時だった。パラパラと何気なくめくったら、いきなり目にとび込んだのが、巻頭を飾っている空撮の全景写真2枚。整然とした廃墟はまるで近代都市の平面図のようではないか。そして説明にいわく、「アフリカのポンペイ」…。
 「よし、行こう」―こうして、往復500キロメートルの日帰り強行軍が始まった。
 ラテン語でマルキアナ・トラヤナ・タムガディと呼ばれたティムガドは、2世紀始めに帝国の版図を最大限に広げたトラヤヌス帝によってつくられた。建設を担当したのは第3軍団の兵士5000人。彼らはさらに、辺境の安全保障のため、北アフリカの総督府所在地であるカルタゴまで舗装道路をつくった。もちろん、すべての道をローマに通じさせるためである。
ポンペイ 現地には森がなかったが、その代わり、建設資材としての石はふんだんにあった。そこで、ギリシャ文明と同じく、ローマ文明は「石の文明」といえるのである。
 その典型的なモデルとなるティムガドが完成したのは、100年後、リビア出身のセプティミウス・セウェルス帝(在位193〜211の時代で、現在の廃墟はそのとき拡大、かつ美化された跡なのだ。
「まずキャピトルの丘に登って、ぐるり、町の規模を概観しよう」
 地図を頼りに、大通りに付属した遊歩道をたどった末、私は思わず笑ってしまった。空撮写真の中央右手の囲いのなかに、にょっきり立つ2本の石柱―そこがキャピトルの丘で、丘は丘でも人工の丘。「なるほど。小ローマなんだな。」
 これが私の驚きの始まりだった。野外劇場へ行ってみると、ギリシャ各地で見るように、半円形の客席は完全に残り、収容能力は3500人。「どんな劇が演じられたのだろう。当時の人口はどのくらいだったんだろう」
ポンペイ その隣は公共広場であるフォラムでにぎやかさの面影を残す。「トラヤヌスの記念門」を出て「西の門」へ向かうと、出口の手前の左手には給水塔の跡が。そして、東西と南北の大通りの下には下水道が埋設されていた。また、地図をじっくりと見て驚かされるのは、計画的に東西南北に建てられ、総数は優に10個以上はある大型の公衆浴場だ。「彼らはいったい、どんな日常生活を送っていたのか」
 その答えはすでに出ている。浴場でのおしゃべりのあとで、あるいはフォラムや市場での散策の折に、市民が石の壁面に掘りつけた多くの落書きのなかに。もっとも有名なものは次の一句で、これは案内書には必ず出てくる。
 Venari, lavari, ludere, videre, occ est vivere.(狩りをし、フロに行き、遊び、笑う。これが人生。)
 私は辺境都市の住民の心に宿る楽天主義に脱帽した。 


牟田口 義郎 牟田口 義郎氏(むたぐち よしろう)

1948年 東大仏文科卒。朝日新聞記者として中東・パリ各特派員、論説委員を務める。
退社後、成蹊大学、東洋英和女学院大学教授を歴任。専攻は中近東近現代史、地中海文化史。中近東文化センター(財)理事長・中東調査会(財)・日本チュニジア協会・日仏協会各理事。
著作に「物語 中東の歴史」「カイロ」「中東の風のなかへ」「あの夏の光のなかへ」「地中海歴史回廊」ほか。訳書に「アラブが見た十字軍」「サマルカンド年代記」ほか。


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