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旅なかま 11・12月号

シチリアという世界
シチリアという世界
シチリアという世界

セジェスタの神殿カヴァレリア・ルスティカーナ』というオペラを知っていますか?たとえこの題名を知らなくても、有名な間奏曲はきっとどこかで耳にしたことがあるはずです。シチリアを想うとき、私の頭の中にはいつもこの曲が流れ、ラグーサあたりのムーリ・ア・セッコと呼ばれる石積み塀で仕切られた農場や、うちわサボテンの茂みの間を素早く移動してゆく羊の群れなど、島の内陸部の牧歌的な風景が、美しい旋律とともにまぶたに浮かびます。
 しかしこのオペラは、この間奏曲の美しさに反して、実にドラマティックで激情的、シチリア人の血の中にひそむ情念と自尊心を主題としています。妻を寝とられた男の名誉は血によってのみしかあがなわれないという世界です。これは19世紀シチリアにおける実話をもとにした小説を原作としていますが、時を経た今もなおシチリアの何たるかを暗に語っているような気がします。映画『ゴッド・ファーザー』のパートVのラストでもこのオペラが効果的に使われ、幕切れの舞台は、異教の神殿さながらにそびえる、パレルモのマッシモ劇場の大階段でした。
 もうひとつ、シチリアにちなむオペラに『シチリア島の夕べの祈り』があります。こちらは中世のシチリアがフランス人の支配を受けたときに起きた独立運動をヒントシラクーサ アレトゥーサの泉に台本が書かれましたが、史実と物語はかけ離れています。ともあれヴェルディがこれを作曲した当時は、イタリアが異民族支配のもとで呻吟していた状況下、決起した島民によってフランス人がまたたくまに大量虐殺されたこの有名な事件を思い起こさせて、民族自主独立の気運をあおろうという意図がありました。
 シチリアには、甘いオレンジでさえも真っ赤な血の色をしたものがありますが、私のイメージするこの島は、風光明媚でありながらも荒々しく、かつ統一感に乏しい混沌とした世界です。いつ噴火するとも知れない神の山エトナ、紺青の海、自然の中にたたずむギリシア神殿、朱色のクーポラをもつアラブ・ノルマン様式の教会、おどろおどろしいバロック様式の教会、復活祭などの宗教的熱狂、市場の喧噪、といった異質なものが混ざって沈澱した独特な世界なのです。シチリアがこのような土地になったのは、内的要因ではなく、外的要因、つまり地理的なものによると言えます。地中海の中心を占める大きくて豊かな島であったために、東西南北からさまざまな文化の波が押し寄せました。古代にはギリシア世界が形成され、中世にはアラブ世界に組み込まれ、近世にはトルコに対するキリスト教カトリック文化圏の前哨基地となりました。そしてつい百数十年前まで、シラクーサシチリアは時代錯誤の封建社会であり、その頂点に座す土地貴族がパレルモやカターニアといった大都会に豪奢な館を構え、贅沢な衣装を身にまとい、優雅な社交をくりひろげていました。まさに映画『山猫』に描かれたような世界です。
 このように話してくると、シチリアはイタリア本土に比べるととっつきにくい土地のように思われるかもしれませんが、人の顔には人生が刻まれていくように、この島にも長い間に様々な皺やしみができただけのことなのです。島民たちのプライドが高いのは事実ですが、ギリシア時代にさかのぼる伝統として、たいていの人々は遠来の旅人を快くもてなしてくれます。


小森谷 慶子氏 小森谷 慶子氏 (こもりや けいこ)

イタリア史研究家

略歴:1977年東京女子大学文理学部史学科卒業。イタリア史研究家。
著書:「魅惑のローマ」(グラフィック社)、「シチリアへ行きたい」「ローマ古代散歩」「ナポリと南イタリアを歩く」(ともに新潮社とんぼの本シリーズ)、「シチリア歴史紀行」(白水社)がある。



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