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旅なかま 3月号

チベットの今昔
チベットの今昔
チベットの今昔

チベット  このわずか数年に限ってみても、チベットの変貌ぶりには目を見張らせるものがある。これまで車の通交さえ困難だったチベット高原に、なんと昨年(2006年)、北の青海省の西寧からゴルムドを経由し、ついにチベットの首都ラサにまで鉄道が完成してしまったのである。平均高度四千メートル、富士山より高いこの土地に、南北横断の青蔵鉄道(ゴルムドーラサ間、1142キロ)が開通したのだ。まさしくこれは夢の超特急といってもよいであろう。かつて地元の住民がこんな話は眉唾物だ、とても信じられないと言っていたことを、いまふと思い出した。
 これまでのチベットといえば、きまって秘密の国とか天に一番近い国といわれてきた。そこは文字通り、日本人には想像もつかぬ天竺にちがいなかった。日が沈むはるか西方にある国という漠然としたこと以外、見当もつかないところだった。
チベット  このことは明治の文明開化した時代に入ってすら、一向に改めることはなかった。明治も三十年代に入り、新しい二十世紀を迎えた1901年になって、ようやく日本人僧、河口慧海がこの禁断秘密の国に潜入することに成功した。彼は多くの困難な旅の末、帰国してその経験を『西蔵旅行記』(ニ巻、明治三十七年)に纒めて世に問い、日本人として初めてチベットの内情をつぶさに紹介してくれたのである。ところが話は面白がって読まれたが、彼の語る話を大半の人は信じなかった。
 チベットに住む民族の風俗習慣は、当時の日本人には思ってもみないものだったからである。ラマ僧とはチベットの仏教僧のことだが、そもそも彼らはなにやら怪しげな密法を使う魔術師の類と思っていた人も多かったし、一妻多夫の風習など聞くだに忌まわしかった。そればかりでない、いまでは日本で珍しくもない、蕎麦の花も慧海にかかると嘘八百とされたのだった。春、ヒマラヤ山麓のネパールでは、蕎麦はピンク色に華麗に咲くのだが、これが事実として知られたのは、戦後、日本のヒマラヤ遠山隊がネパールに出かけて以来である。
チベット  チベットの国土は広いなりに自然条件も大変に厳しく、今では旅が気楽に出来るようになったものの、場所によっては探険装備でもして行くのでもない限り、どこにでも自由という訳にいかない。とくにチベット北縁を限る崑崙山脈周辺は草も木も生えず、冬はただ一望が氷雪の世界で、ほとんど旅は不可能に近い。そして、ここから南端のヒマラヤ山脈に至るチベットの心臓部には、東西に走る幾つもの山脈群、例えばアルカ・ターグ、ココシリ、ブカバングラ、トランスヒマラヤといった横断山脈が重畳として続き、その間を宝石を鏤めたような青い湖水が彩りを添えている。
 しかし、人口稠密地帯は専ら南東に寄ったラサと、その南西に当るツアンポー川畔のシガツェ周辺に集中し、かつてここにダライ・ラマとパンチェン・ラマが居住していた。文革時代に破壊された寺院もだいたい修復され、チベット仏教の巡礼コースとしては、今も昔も変わらない一番ポピュラーなものといえよう。ただ仏像に本当に魂が入っているのかと問われると、返答はむずかしいが。
チベット  ここからいま少し足を延してみたい人には、シガツェから西方へ、ツアンポー川に沿って行くコースがある。いわゆるチベット人やヒンズー教徒から等しく神聖視される聖地カイラス、マナサロワールへの巡礼路である。これはヒマラヤ山脈の北山麓沿いにたどるので、辺りの風景も雄大で、これほど印象深いものもない。この途中から南にチョモランマ(エヴェレスト峰)も天気がよければ遠望できるし、またヒマラヤ山脈の切り立つような断崖を縦断して、ネパールの首都カトマンズにも出られる。これなど一歩誤れば天国と地獄を体験できよう。
 最近、幸いネパールでは毛沢東派とネパール政府との間で紛争も解決に向っているといい、旅行も安全に出来る期待がでてきた。この辺りのヒマラヤ山中ではチベットの原始宗教ボン教寺院の存在も明らかになっているので、一刻も早い平和の到来を望みたい。その上、これまでずっと閉鎖されてきたインド方面とラサに通じるシッキム・ルートが、やはり昨年、中印政府の間で合意して封鎖が解除されたので、魅力あるラサへの最短ルートが十分楽しめそうである。
チベット  ラサから東に当る地方は、これまであまり紹介される機会がなかった。理由は様々であるが、ただここはこれまでのチベットのイメージとまったく違う、別世界といえよう。険しい山地が複雑に入り込み、そこを深い峡谷がまるで迷路のように削り、また違った意味で旅は容易でない。しかし、この地方の大きな特徴はなんといっても森林地帯が見られることで、ツァンポー渓谷に沿って走るヒマラヤ山脈の南側はブータンから、さらにシッキムを経てミャンマーに続く。この北側一帯が東チベットである。ここは乾燥したこれまでのチベット高原と打って変わって、気候も亜熱帯から寒冷地帯と激しく移り変わる。東に連なる雲南省にかけては、春から夏、草花が百花繚乱と咲きこぼれる、まさしく植物の宝庫である。まさしく現代の楽園といえよう。
 この東チベットの一部は、現在一部立ち入りの出来ない所もあるが、全てではない。四川、雲南を含めた東チベット一帯は、多分、さしずめ現状の桃源郷と言ってもよいかもしれない。こういった土地を旅できる今の時代は、幸福といえるのかもしれない。

金子民雄氏

金子民雄氏 (かねこ たみお)
シルクロード歴史家

1936年生まれ。日本大学商学部卒業。Ph.D(歴史学)19〜20世紀の中央アジア史と探訪史の研究を続ける。
著書は、『ヘディン交遊録』『シルクロード人と本』『西域探険の世紀』『楼蘭への旅』『文明の中の辺境』『東ヒマラヤ探険史』など著書、研究論文多数。


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