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ポワティエ ノートル・ダム・ラ・グランド教会
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ポワティエはパリから約三百キロほど南西に下がった中堅の地方都市です。クラン川が町の裾をループ状に流れ、丘に向かって次第にせり上がる丘陵の地に町は拓かれています。現在では8万4千人ほどの人口を持ち、古くからの大学もあることからナップサック姿の若者が行き交う、庶民的な町でもあります。
町の歴史は古く古代ローマに始まり六世紀の初頭から十八世紀のフランスの安定期に入るまで、約千三百年にわたり戦いの場となってきました。政治的にも宗教上でも揉みにもまれた町ではありましたが、片やそのおかげとでもいえるのでしょうか、歴史の局面に立ち会った魅力的な建造物、ことに秀れた教会が数多く残されているのです。
めざすノートル・ダム・ラ・グランド教会は、ここポワトゥー、サントンジュ地方の特色をみごとに実現した十二世紀の代表的なロマネスク教会です。教会は丘の上の中央、町の中心にあり賑わう広場に正面を向けて左右対称のファザードを堂々と開いています。三角屋根の小塔を両側に抱え、軒蛇腹(コルニッシュ)で三分割された切妻壁(ペディメント)が印象的ですが、その壁面には人像が隅なく刻まれ、キリスト教の経典を図像として石の上に綴っているのです。この彫像を読みとるのには一段目の左の端から見始めることをお奨めします。先ずは人類の元祖アダムとエヴァが確認できます。続いて預言者のダニエル、エレミア、イザヤ、モーゼの四人が並び「受胎告知」やダヴィデを祖とするイエスの家系を象徴的に表した「エッサイの樹」などが見られます。中央から右へ「ご訪問」「生誕」「洗礼」「ヨセフの瞑想」と続き下段は終ります。中段には十二使徒及びこの地域で活躍した聖チレールと聖マルタンの十四体が並んでいますが、いずれも宣教に生涯を捧げた聖人達が刻まれているのです。最上段の三角形壁面の中央に「栄光のキリスト」がくっきりと浮かんで見えます。四福音書記者(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ)に囲まれた光背(マンドーラ)に納まるキリストというタイプのものですが、下部に置かれた原罪に始まる人類の救済物語をキリストの顕現に昇華する構図を読みとることができます。
上段のマンドーラから真下に目を移すと扉口の上部に半円形壁面(ティンパヌム)がないことに気づかされます。ティンパヌムのないロマネスク教会はめずらしいことですが、この扉口の上部には四層の飾り迫縁(ヴシュール)がかけられています。繊細な彫刻に飾られたヴシュールはこの地方特有の様式で、巧みな石工がいたことに加え、何よりも加工に適した石材があったことによるといわれています。ことに注目すべき点は、幾重ものヴシュールを内側に向けて厚い石材を彫り込んでいることにあります。外側に装飾を加えていくのではなく建築的構造体の石面から削りとる手法、いわば引き算の手法がとられていることです。そして切妻壁全体に刻まれた人物像やアーチ飾り、コルニッシュの文様などすべてが彫り起こしの手法によるものであることに驚嘆させられます。この引き算の手法はこの地方に限らず、ロマネスクの基本的造形手法で注目すべき要点です。やがてゴシック期、ルネッサンス期と時が進むにつれてこの引き算の手法は構造体に付加してゆく手法、たし算の方向性をたどることになってゆきます。
聖堂内は側廊から入る間接的な優しい光に包まれ瞑想的な空間をつくり出しています。この柔らかな光もまたロマネスク固有のものでロマネスクファンを魅きつけてやまない要因の一つかも知れません。身廊を静かに内陣へ進みますが中央の聖歌隊席(クワイア)を囲む六本の円柱、その柱頭彫刻に目を向けてください。周歩廊を南側から廻わり込んだ奥に、彩色された「キリストの昇天」を見ることができます。マンドーラに納まるキリストを両側から天使が支えるという構図のものですが、写実とはほど遠く、外観の美を否定し内実に美を求めたロマネスクの造形の心が伝わってくる思いがします。
ここポワティエから東へ僅か二十キロ余りのショービニーという町には、ロマネスクの柱頭彫刻の逸品を持つといわれるサン・ピエール教会があります。次回はその魅力に迫ることにいたしましょう。
金子倖子氏 (かねこ さちこ)
略歴:造形作家。東京生まれ
武蔵野美術短期大学グラフィックデザイン科卒。
伊豆高原在住。
著作「愉しみ流 フランス・ロマネスク案内」 新風舎
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