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旅なかま 8月号




王宮前のスト−パ(タイ)  二十一世紀は、環太平洋の時代という。いわゆる太平洋をぐるりとめぐる広大な地域がこれからの地球の人口を支える重要な元になろうという意味である。ここは汚染もない美しい自然環境に恵まれている。
 この太平洋の西側を島々が日本列島から、ずっと南へと琉球諸島、台湾を経て東南アジアの国々へと続いていく。そしてここはかって戦前には、南洋といわれていた。
 この南洋はいま一般に東南アジアとよばれ味も素っ気もなくなったが、とくにインドシナ半島の部分はベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、それにミャンマーと続く。この国々がいま改めて注目されるのは、ここは永い年月、歴史に育まれた貴重な数々の文化財が遺されていることであろう。世界の他地域と比べてなんの遜色がないし、とくに日本の伝統文化を語るとき、この有形・無形の影響を決して無視することができない。
アンコールワット、女神のレリーフ  古くインド、セイロン(スリランカ)を経由して伝えられた南伝仏教は見事に花開いた。また七世紀、玄奘より三十年遅く生まれた中国の求法僧・義浄は、広東から船で南海諸島を経て、スマトラ、マラッカ海峡を抜け、インドに向い、海のシルクロードの存在価値を広めた。彼の訪れたシュリー・ヴィジャヤはいまだ存在位置がはっきりしないが、いまのシンガポール辺りかとも言われている。九世紀半ば、このルートをたどった真如親王のことはよく知られている通り。
 南海の国々と日本を結び付けた最も大きなものは、やはり交易だったろう。また、ベトナムの伝承には浦島説話とそっくり同じものもあるといい、またとくにこの地方から採取される香料から、わが国の伝統文化、香道が生まれたという。インドシナ半島の大動脈は、中国雲南省から流れ出すメコン川で、これはミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムと流れ、大きな文化的交流に貢献した。この周辺地域には十六世紀以降、日本の南洋貿易で発展した日本人町があったことで知られる。
メコン川(イメージ)  十九世紀も中期以降、ジャングルの中に埋没していたアンコール・ワットの巨大遺跡が再発見され、一躍世界の注目をあびたが、タイ各地でも十一、二世紀以降の仏教遺跡が次々と発見された。中でも十四、五世紀、中部タイのスコータイやスワンカロークの各地で大量に焼かれた陶磁器類は、広く東南アジア地方に輸出され、これらは日本にもたらされて、スンコロク(宋胡録)の名で、茶器としても珍重された。これらの陶器は遠く中近東からエジプト方面まで輸出されていたことが、最近の発掘調査から明らかにされている。
アンコールワット、シバ神のレリーフ  雲南地方は梅と茶の原産地で、これに茶器が加わることで日本文化と茶道のルーツにもなっている。
 東南アジアは、近年に入ってからも様々の興味深い発見がされている。例えば、一九八〇年代初めに雲南省で見つかった遺品から漢時代、長安から四川、雲南を経てミャンマーに通じた南蛮ルート(西南シルクロード)の存在が明らかになった。これは南海の真珠や宝石、香料を運ぶルートでもあった。
 とかく軽く、見過されがちな、東南アジアではあるが、良く見れば汲めど尽きせぬ魅力ある土地であることが、お分かりいただけよう。ベトナム戦争やカンボジア内戦もようやく収まり、いま旅をするにしても最も良い機会と思う。


金子 民雄氏

金子 民雄氏 (かねこ たみお)

略  歴:1936年東京生まれ。歴史家、哲学博士。専攻は中央アジア史。
主な著書に「ヘディン伝交遊録」、「東ヒマラヤ探検史」、「中央アジアに入った日本人」、「ボロブドールの滅んだ日」、「スコータイ美術の旅」、「タイ王国の光と影」、「文明の中の辺境」、「桜蘭への旅」。訳書に「チベットの民謡」、「ツアンポー渓谷の謎」、「ルバイヤート」、「アフガニスタンの歴史」その他。


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