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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2014年08月04日

旅なかま7月・8月合併号 「旅なかま」で学ぼう朝日移動教室Vol.2 土谷遥子先生 シルクロードへベルリンでの出会いから(上)(ドイツ・中国)

〔本稿は会員誌『旅なかま』2014年7月・8月合併号に掲載されたものです〕
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「旅なかま」で学ぼう朝日移動教室Vol.2 土谷遥子先生 シルクロードへベルリンでの出会いから(上)(ドイツ・中国)

きらきら輝く陽光。雲ひとつない空。荒涼とした岩山。山麓には、タマリスクの淡紅色の花が咲き乱れていた。山裾から垂直に聳える崖の中腹に連なるのは、石窟の入り口。その小さい入り口を目指して、危うげな梯子を登った。木の扉に掛けられた錠前がはずされ、やっと石窟の入り口に立った。中はほの暗く、なにも見えない。それまで強烈な外光に慣れた目に、やがてラピスラズリの群青色が浮かび上がってきた。気がつくと華麗な壁画で飾られた空間が目の前に広がっていた。ラピスラズリの青と珪酸銅の緑が鮮やかに調和と対比を繰り返す。弥勒菩薩の兜卒天説法図、伎楽天、ヴォールト天井の菱形区画には、仏説法図と本生図。曾てはすべての壁を包みこんでいた壁画。伎楽天は様式化されていたが、バーミヤーンの楽天(第530窟)を想起させた。中央アジアの仏教世界がここに展開していた。
ここは、キジル石窟寺院の第38窟『楽天窟』。中国、新疆ウイグル自治区、天山南路の中心的オアシス、クチャの仏教遺跡。その壁画の流麗な筆致、中央アジア、中でもクチャ独特の様式等に満ち溢れたキジルの代表的石窟。初めてそこを訪れた1986年の夏のことだった。
しかし、この中央アジアの美術の粋である第38窟の壁画には、21年前の1965年、冬のベルリンで既に出会っていた。当時の西ベルリンは、異様な緊張感に覆われていた。『ベルリンの壁』が1961年に町を分断したばかりだった。
ハンブルグから、東ドイツを通過するベルリン行きの列車に乗った。西ベルリンに到着する直前、列車は突然雪深い森の中で止った。そこに集結していた東ドイツの 武装した軍隊、軍人、警官が一斉に列車に向かって近づいてきた。捜査が始まった。鋭い笛の音、甲高い、きびきびした号令、警察犬の鳴き声。けたたましい騒ぎの中、乗客の検閲が始まり、椅子の下など列車内は勿論のこと、屋根、屋根裏、床下まで徹底的捜査が始まった。西ベルリンに逃亡しようとする東ドイツ人の密航者がいないか、厳重な捜索が続いた。ただの旅人にとっても恐ろしい経験だった。ベルリンが、東西の冷戦のまっただ中にあることを知らされた。町の象徴であったブランデンブルグ門も東ベルリン側、壁の彼方にあった。

キジル千仏洞の天井壁画

中央アジアのコレクションは、西ベルリンの民族博物館にあった。静かに出迎えてくれたのが、キジル第38窟の小型の壁画、ジャータカ(本生譚)のスダーナ太子(ヴィシュヴァンタラ王子)本生の一場面 だった。王子が、 婆羅門に乞われ、我が子を布施する図で、泣き叫ぶ二人の愛児を引き渡している姿が描かれていた。 珪酸銅の緑に縁取られたラピスラズリの群青色の背景が、究極の布施をする王子の姿を際立たせていた。この壁画は、第38窟のヴォールト天井の右側の菱形区画の一図であった。
同窟のヴォールトからもう一図、菩薩が自らの首を捧げようとしている本生図。花の咲いた樹木の前に立ち、菩薩が今まさに、長剣をあてて首を切り落とそうとしている場面。菩薩の前には、白い布で全身を巻かれた嬰児を抱く女性がひざまずいている。群青色と緑が二人の人物を浮き上がらせていた。菱形の限られた空間に、劇的な場面を心理的にも巧みに表現している卓越した壁画がそこにあった。

「本生譚」(キジル千仏洞) キジル千仏洞・第117窟「菩薩と楽天」ベルリン・アジア美術館所蔵

このベルリンに於けるキジルの壁画との出会いは、いつの日か、第38窟を訪ねてみたいと強く願うきっかけとなった。キジル遺蹟はおろか、中国への渡航を想像することさえできなかった時代であった。この年、1965年には文化大革命が発動されていた。そして21年後の1986年にその夢は叶った。クチャへの道が初めて一般旅行者に 開かれたのであった。



……次号に続く。
(土谷遥子)

キジル千仏洞
土谷 遥子氏の横顔 略歴:仏領モロッコ・カサブランカ生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。ミシガン大学大学院美術史学部(東洋美術史)修士課程終了、トロント、カーブル、で博物館研究員や大学講師を歴任。1979年に帰国。上智大学比較文化学部教授。1999年から2004年、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。中央アジア、アフガニスタン、パキスタンの美術史・文化交渉史に関する論文・著作多数。

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[首都圏発] 朝日移動教室 ベルリンのシルクロード

投稿:朝日インタラクティブ