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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2016年12月19日

旅なかまVol.275 米国東部に輝きを放つ 名門個人美術館

〔本稿は会員誌『旅なかま』2016年Vol.275に掲載されたものです〕
ご新規のお客様には見本誌を無料でお送り致しますので、こちらのフォームからお申込みください。その際、「旅なかまVol.275希望」とご記入下さい。なお、部数に限りがございますので、お早めにお申込みください。

米国東部に輝きを放つ 名門個人美術館

米国の美術館について言えば、その質と量において“凄い”の一言です。僅か百数十年の間にこれだけの作品を収集したことは驚異的で、メトロポリタン美術館の作品の質量はパリのルーヴル美術館、エルミタージュ美術館と比肩し得るものです。ヨーロッパにあって米国にないもの、それは歴史だけ。そのことを除けば米国は世界最大級の美術大国の一つといえるでしょう。

米国美術館の誕生

1777年に独立を果たした米国は19世紀の半ばまでにほぼ今日の米国本土をいわば平定し、太平洋へと進出していきます。黒船が来航したのもそんな時期です。その後、南北戦争が起きますが、戦争終結後、米国の人心もようやく落ち着き、芸術文化の分野にも関心が向き始め、美術作品収集の気運が高まります。そして、メトロポリタン、ボストン、シカゴの米国の三大美術館やフィラデルフィア美術館など米国東部の主要な美術館は多少の差はあるものの、1870年代、独立百周年という節目の時期に設立・開館されました。しかも、それは国立や州立というものではなく、民間の有志の手によって財団が組織されたのです。シカゴ美術館は美術学校から始まったものであり、フィラデルフィア美術館は独立百周年のメモリアルホールがそのまま美術館になりました。いずれにしても独立百周年頃にそれまで米国に存在しなかった美術館や美術学校というものが生まれ、美術品の蒐集も一層盛んになります。

20世紀の新しい画家を育てた米国の個人コレクターたち

そして1900年前後から富を築いた富豪や美術愛好家などが個人コレクターとして活躍し、米国の美術界に大きな役割を果たすようになります。20世紀美術はそうしたコレクターたちによって生まれ、育てられたといっても過言ではありません。そして、20世紀に入るとイザベラ・ステュアート・ガードナーガートルード・スタインアルバート・バーンズフリックフィリップスといったコレクターたちが登場し、個人美術館が次々と誕生します。

左から サージェント「マダム X」
メトロポリタン美術館
サージェント「イザベラ・ステュアート・ガードナーの肖像」
イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館
イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館 中庭

イザベラ・ステュアート・ガードナー

先ず、その先鞭をつけたのはボストンのイザベラ・ステュアート・ガードナーでした。実業家の父親から当時1億数千万ドルといわれる莫大な遺産を受け継いだ彼女は、人道主義的な篤志家で美術ばかりでなく音楽やスポーツなどにも情熱を傾けました。ヨーロッパなどにも度々旅行し、ヨーロッパの文化芸術に触れ、多くの絵画作品も目にしたに違いありません。彼女のお気に入りはイタリアで、特にヴェネツィアは彼女が心から愛した街でした。コレクションがティツィアーノ、ラファエロ、ボッティチェリなどイタリア・ルネサンスが多いのも肯けます。彼女の名を一般に知らしめたのは、1892年、当時5千ドル(今オークションで出れば100億~200億円といわれている)で最初に購入した作品フェルメールの「合奏」が1900年3月、レンブラントなどの作品と共に強盗に奪われた事件です。その後、今日まで行方不明のままです。

彼女は1903年にコレクションした作品を展示するため美術館を開設します。ギャラリーは彼女が愛した15世紀ヴェネツィアの邸宅を模してデザインされています。バーンズ同様、イザベラ自身の意図で絵画、彫刻、調度品などが調和するようレイアウトされ、展示についても彼女の死後も変えてはいけないと言い残しているのもバーンズに似ています。今もその時のままであり、そして盗難にあったフェルメールの作品はいつか返還されることを願って額縁だけが掛けられています。美術館内に入ると、通常の美術館とは全く異なる空間で、ヴェネツィア風の不思議な雰囲気を感じます。いわば邸宅美術館のはしりで、とても魅力的な私の好きな美術館の一つです。ティツィアーノの晩年の代表作である『エウロペの略奪』はこの美術館の至宝で、初期のティツィアーノの作風から変化し、バロック的な作品になっています。バロックの巨匠ルーベンスはこの作品を模写し、その作品がプラド美術館に収蔵されています。

ルーベンス 「エウロペの略奪」
プラド美術館

ティツィアーノ 「エウロペの略奪」
イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館

フェルメール 「合奏」
(行方不明)

また、フィレンツェ生まれの米国人画家サージェントを支援し、肖像画も度々描かせています。サージェントは19世紀末に活躍した画家で、ホイッスラーと共に世界に知られた最初の米国人画家です。メトロポリタンにある「マダム X」(「マダム・ゴートロー夫人」)はスキャンダラスな話題を呼んだ作品ですが、最も彼を有名にした作品で、今ではメトロポリタンのオフィシャル・ガイドブックの扉を飾る美術館の顔となっている作品です。

その他のコレクター

ガートルード・スタインはユダヤ系アメリカ人で、作家であり、美術批評家であり、美術コレクターです。1903年、29歳の時にパリのモンマルトルに移住し、2014年までパリに在住してサロンを主宰しました。マティスとピカソが出会ったのも彼女のサロンでした。マティスのフォヴィスム、ピカソのキュビスムが世に出たのも彼女の支援が大きいといえます。彼女のコレクションのほとんどはバルチモア美術館に寄贈され展示されています。ピカソが描いた「ガートルード・スタインの肖像」はキュビスム前夜の貴重な作品で、この翌年キュビスム宣言とも云うべき「アヴィニヨンの乙女たち」が誕生するのです。

ピカソ 「ガートルード・スタインの肖像」メトロポリタン美術館

そして彼女に続き、長大な「ダンス」をマティスに描かせたことで知られるアルバート・バーンズはルノワール181点、セザンヌ69点をはじめスーラなど印象派、後期印象派からマテイス、ピカソなどの作品を収集した世界屈指のコレクターでです。これらのコレクションは全て門外不出で、フィラデルフィアでしか鑑賞することが出来ません。

ルノワール 「ボート遊びをする人々の昼食」(船遊びの昼食)
フィリップス美術館

フィリップス美術館はその創始者ダンカン・フィリップスが1923年に購入したルノワールの代表的傑作「舟遊びの昼食」やゴッホやセザンヌの名画を収蔵する美術館として知られると同時に、フィリップスはオキーフなど多くの米国の20世紀絵画を収蔵し、画家たちを支援しました。

ジョヴァン二・ベッリーニ
「荒野(法悦)の聖フランチェスコ」
フリック美術館

フリック美術館はフェルメールの作品3点を収蔵していることで知られていますが、ヴェネツイア派の巨匠ジョヴァン二・ベッリーニの「荒野(法悦)の聖フランチェスコ」は画家の代表傑作のひとつであり、米国の至宝の1点ともいわれています。

(間辺 恒夫)

投稿:首都圏発海外旅行担当