出発地を選択してください。出発地はいつでも変更できます。
出発地を選択してください。
×
MENU

機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2018年12月03日

旅のサイドストーリー ~旅人の心に添う 秘湯は人なり~

≪水源の森を守る(前編)≫

群馬県/法師温泉 長寿館

岡村興太郎さん

与謝野晶子、川端康成など名だたる文人も好んで訪れ、昭和時代、国鉄フルムーンのポスターでの舞台にもなった秘湯・法師温泉。宿主が人生をかけて守ったものとは?

秘湯の宿とは、つまり山の中の一軒家ということですから、子どもの頃は通学が大変でした。学校までは8キロ。近隣に人家はなく、小学生の時、雪の時期に担任の先生の家にお世話になったこともあります。中学・高校は祖母の家から長岡の学校に通い、昭和39年、中央大学に進学しました。

 東京五輪で盛り上がり、誰もが西洋型の住居や宿泊施設に憧れた時代です。先代がやりくりに苦労する姿を見ていたので、近代的なホテル経営を学びたい気持ちもあり、研究会を立ち上げました。夏や春の長期休みには、箱根の富士屋ホテルや六甲山ホテルなどで実践を学びながら、合理的なホテル運営が羨ましい、と思ったものです。ところがある時、ふと、「そうかホテルには温泉はないよな」と。自分にとっては当たり前の、山と川に囲まれた自噴の温泉、そこに建つ木の浴場も宿も自然の一部で、どんなにお金をかけようと、一朝一夕には創れないものだと気がついたのです。

法師温泉 長寿館   岡村興太郎氏

 

鹿鳴館洋式の法師乃湯 Ⓒ朝日旅行

 卒業後は、宿に入り、布団敷き、食事運び、風呂掃除、何でもやりました。同時に村の消防団や保健所の衛生委員と、田舎の生活は、けっこう忙しいのです(笑)。
昭和40年代になると、スキーのお客さんが激増。夜中に50人乗りのバスが着くのを待ち、各々のサイズのスキーをそろえ、夜明けに送り出す。慌ただしかったです。

当時スキーによる経済効果は大きく、村は、「うちもスキー場をつくる」と言い出します。ところが対象となった山は地域の貴重な水源地。一時的に経済が潤っても、水質悪化や自然破壊が起きては取り返しがつかない。森に手をつけることは水に手をつけること、と平成2年に仲間数人で「新治村の自然を守る会」を立ち上げました。

すぐに自治体や国に訴えましたが、最初は全く取り合ってもらえません。シンポジウムや予定地視察などを実施し運動を続けていると、事業主体の大手開発会社が話だけは聞こう、と。東京の本社に5人で出かけました。少し話題になっていたので、テレビ局も駆けつけたのですが、門前払いされてしまいます。ところが、エレベーターに乗るとなぜか6人になっている(笑)。入口で一人、新聞記者が紛れ混んでいたのです。面談自体は不発に終わるのですが、その記者は平成3年の正月の東京新聞に1ページを費やした特集を組んでくれたのです。その後、自然保護の団体などから続々と協力の声があがり、予想外の展開となっていきます。

(取材・構成 朝日旅行/旅と文化研究会)

pgtitle01

日本秘湯を守る会の会員宿に宿泊するツアーをご紹介します。

◇首都圏発はこちら / ◆関西発はこちら

 

 

投稿:首都圏発国内旅行担当