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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2018年12月28日

旅のサイドストーリー ~旅人の心に添う 秘湯は人なり~ 第6回 星雅彦さん(栃尾又温泉・自在館)≪前編≫

≪湯治場の宿 四百年(前編)≫

栃尾又温泉 自在館(新潟県魚沼市)

星 雅彦(ほし まさひこ)さん

江戸開府期から続く由緒ある温泉宿に、25代目として生まれた星雅彦さん。故郷を離れ、12年後、懐かしさを胸に帰郷した星さんが目にした宿の姿とは?

この自在館は私で25代目になります。古い文献によれば江戸幕府ができた頃、その存在が確認でき、幕末の弘化二年に佐渡の小作人の母が残した文書も発見されました。「二ヵ月の間、息子が佐渡を離れて、栃尾又に湯治に行くことをお許し下さい」という旨の内容です。

江戸時代に佐渡から荒海を渡り、山深い栃尾又まで来ることは、相当のことだったのではないかと想像します。聞けば当時の温泉は今とは違って、生きていくために働く体を再生させるための、病院のような存在だったそうです。ラジウム温泉のこの栃尾又が古くから湯治場として存在した所以なのでしょう。

星 雅彦さん

栃尾又温泉・自在館 提供:自在館

そんな長い歴史のある温泉宿に生まれた私ですが、青年期になると山あいのこの栃尾又から都会に出て色んなことをやってみたいという気持ちが強くなり、宿を継ぐ気はありませんでした。大学はあえて遠く離れた京都を選び、卒業後は不動産、ファミリーレストラン、屋根屋など色々な職業を転々としました。30歳を前にして京都で結婚もしました。

会社勤めでの毎日に忙殺され、休日にどこかで心と体を休めたいと思った時、突然に懐かしい風景の数々が心に浮かんできました。栃尾又の涼しい谷の風、清流のせせらぎ、ぬるいお湯に浸かりながらのお爺さんやお婆さんの地言葉…、都会の世知辛さに疲れたのか、あるいは小さなころから「跡取り」と吹き込まれた、サブリミナル効果的なものが、その時になって効いていたのかは分かりません。山の旅館というものに、疲れた人を癒すような何か社会的な役割があるのではないかとも感じました

懐かしさを胸に故郷の宿に帰ったのですが、様子は一変していました。狭い駐車場にはマイカーが溢れ、湯船にはびっくりする程の人の山。まさにバブル絶頂期そのものでした。栃尾又の共同浴場が当時推奨されていたドイツ式のクアハウスに改造され、温泉ブームもあって日帰りのお客さんが急激に増えていたのでした。私のイメージとは異なる状況に戸惑いながら、宿では忙しさにまみれることになりました。

ちょうどその頃に、日本秘湯を守る会を創立した旧朝日旅行会の故岩木一二三氏と、会の現名誉会長の佐藤好億氏が自在館を訪れました。人だかりができるほどの、およそ秘湯らしからぬ宿の様子を見て、岩木氏はこう言ったのです。

「ここは経営者さえまともになればいい温泉になる」

 

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投稿:首都圏発国内旅行担当