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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2016年01月27日

旅なかま1月号 巻頭特別インタビュー《森山良子さん》歌と共に

〔本稿は会員誌『旅なかま』2016年1月号に掲載されたものです〕
ご新規のお客様には見本誌を無料でお送り致しますので、こちらのフォームからお申込みください。その際、「旅なかま1月号希望」とご記入下さい。なお、部数に限りがございますので、お早めにお申込みください。

巻頭特別インタビュー、歌と共に 透明感のある美しい歌声と、抜群の歌唱力で、ずっと日本のトップシンガーであり続ける森山良子さん。来年デビュー50周年を迎えます。全国ツアー中のご多忙のところ、歌に対する深く、熱い思いを伺いました。
歌手になると決めていた子供時代

鹿野(し):来年デビュー50周年と伺いました。おめでとうございます。

森山(も):ありがとうございます。こともあろうに、50年になりました。私も驚いています(笑)

し:私は、森山さんより少し下の世代ですが、森山さんといえば、「この広い野原いっぱい」とか「涙そうそう」とか、数々の名曲がすぐ思い浮かびます。「歌」というのは、不思議とその時代がリンクして蘇ってきますが、デビュー当時のことをお伺いできますか?

:実は、私は子供の頃から歌手になると決めていて、中学生の頃には「高校には行かなくていいから早く歌わせて欲しい」などと言っていました。両親からは「そんな甘い世界ではない、歌手になるなら基本を勉強しなさい」と言われて、クラシックの声楽を学びはじめました。その他にジャズの教室に通い、クラシックバレエのお稽古にも行っていました。そして、クラスの男の子たちとカントリー&ウエスタンのバンドを組んだり、バスケット部のキャプテンをしたりと、とにかく凄まじく忙しい中学、高校生活を送っていましたね。高校生のときに学園の文化祭でバンドで演奏したのがきっかけで先輩のグループに誘われて、そこで初めてフォークソングに出会ったのです。

し:最初からフォークソングではなかったわけですね。

:はい。先にジャズやクラシックやカントリーがあって、その後にフォークです。高校時代は部活動みたいにフォークソングを歌っていました。当時大きなムーブメントだったので、出演者も観客もアマチュアというイベントばかりで、かなり引く手あまたでしたね。その活動が日々続いていたものですから、4年かかって高校を卒業し、親の許しも得て、デビューしたのです。

し:それでは、ヒット間違いなしのフォークシンガーとしてのデビューだった?

:いえ、本当は、私は小さい頃から習い覚えていたジャズとか、そういった洋楽が好きだったので、自分でオリジナルを作って歌うということには、あまり興味がなかったんです。でもあれだけ大きなムーブメントでしたから、その時代と一緒に自分が出発できたというのは、ある意味幸せなことでもあったなと、今は思っています。

コンサートでは、名曲の数々を
立ち姿もお美しい森山さん。歌声はまさに「最高の楽器」。忘れられない、心に残るお声でした。
さとうきび畑と沖縄と

し:沢山の曲を発表されていますが、中でもテーマと共に印象的な曲として「さとうきび畑」があります。いろいろな思いがおありの曲だと伺っていますが・・・・

:「さとうきび畑」と初めて出会ったのは、実は50年近く前、二十歳の頃です。
作詞作曲をされた寺島尚彦先生が、私の家までお越しになって「さとうきび畑」の歌詞と譜面をくださったんです、「歌ってみませんか?」と。私は、それまでのほほんと好きな曲ばかり歌ってきましたし、戦後の復興期の生まれでもあるので、戦争、まして沖縄の歌を歌うことは恐れ多いと思ったのですが、その時のレコード会社のディレクターに「これはすごい曲だよ、すぐにレコーディングしよう!」と言われて、2枚目のアルバムに収録しました。

し:それでは、今のように普通にテレビ等で拝聴できるようになるまでに、長い期間があったわけですね?

:はい。レコーディングはしたものの、歌詞が11番まであるとても長い曲で、その世界観も掴めていないし、戦争のことをちゃんと考えたこともなかったし、そういった私のような人間にこの歌が歌えるはずがないと思っていました。自分の中に閉じ込めて、数年たって、また歌ってはみるのですが、やっぱり「ムリムリ」と思ってしまうんです。そうこうするうちに、湾岸戦争があって、自衛隊が海外に派遣されるような世の中になって…。それでも私は相変わらずラブソングばっかりを歌っていたのですが、ある時コンサートを聴きに来た母から、「世の中をごらんなさい!PKOだのなんだの、こんな時代に、愛だの恋だの歌っているなんておかしいわ!あなたには歌うべき歌があるでしょう!」って言われたんです。ハッとしました。母は「さとうきび畑」のことを言っているのだと気付きました。それで改めて、歌おう、伝えるんだ、という信念と覚悟をもって歌おうと思ったんです。それからコンサートで歌ってみると、すうっと、歌が私の中に入ってきた感じがして、その時に初めてこの歌と一体になれたような気がしたんです。ロングバージョンでのシングルCD発売を計画していた頃、9.11が起こり、リリースするのをやめようかと悩みながらも、最終的には予定どおり発売しました。そして沖縄からキャンペーンのライブを始めたのですが、私が一番怖かったのは、沖縄の方達の気持ちでした。悲惨な体験をして今もその思いをずっと引きずって生きてこられた方達が沢山いらっしゃる。その方達がどう思われるか、返って傷つけてしまうのではないか、それをとても心配していたのですが、コンサートが終わった後、私と同じ年頃の女性が、楽屋の外で待っていてくださって、私の肩を抱いて、おいおい泣いて「良子さん、さとうきび畑、長く歌ってくれてありがとう」と言ってくださったんです。私は「ああ、沖縄の方がこんな風に思ってくださるなら、いいのだ」と自信を持ち、「これからはちゃんと地に足をつけて歌っていこう」と、改めて覚悟をしました。勿論、その方の涙と私の涙は違うかもしれませんが、その時は抱き合って、一緒に泣きました。あれが、自分にとっての「さとうきび畑」のターニングポイントでしたね。

「涙そうそう」と兄への思い

し:「さとうきび畑」は沖縄が舞台になっていて、「涙そうそう」も沖縄石垣島出身のBEGINの曲ですが、何か沖縄のがお好きだとか、そういったことはあるでしょうか?

楽しく、パワフルなステージ。

:偶然ですね。ご縁をいただいたという感じです。たまたまある野外ライブで初めてBEGINさんにお会いしたのですが、その前から「いいバンドだな」と思っていたこともあって、すぐ仲よくなりました。そして、もし時間があったら一緒に曲を作りましょうという話になったんです。しばらくして、ちょうど「長野オリンピック」の開会式のために長野にいて、そのリハーサルをしている時、曲が届いたんです。当時はカセットテープでしたが、そこに「涙そうそう」とタイトルが書かれていました。最初はその意味がわからなくて、石垣島に問い合わせたんです。そうしたら、「涙があふれて、ポロポロこぼれる様子」だと知って。その瞬間、私の兄のことが一気に蘇ってきたんです。

し:若くして亡くなられたお兄様ですね。

:はい。私が23、兄が24の時でした。バスケットボールの選手で、中学高校大学と全国大会に出るくらい、活躍していました。背も高くて、たくましい人でしたが、就職して2年目のある朝、目覚ましが鳴っているのに起きてこないので、父が心配して見に行くともう冷たくなっていて。急性心不全でした。一歳上で、小さいころからずっと一緒で、くっついて歩いていたものですから、突然いなくなってしまったことが空虚で、あんなに元気だったのに…と。でもその気持ちは人に言えない、言うことでもないと、悲しみをいつも封じ込めていたんです。でも、一人になると、うわーっと泣いてしまう、どうしていいかわからないくらい。だから、思い出してはいけない、両親とも兄の話はするのはやめようと、そんなふうに、ずっと皆で悲しみを抑え込んでいたんですね。そこへ25年たって「涙そうそう」に出会って、タイトルの意味を聞いた瞬間、うわーっと涙があふれきて…。そして、そのまま長野のホテルで、泣きながら詞を書いたんです。

し:そうでしたか。

:25年経っていたから、自分の気持ちも落ち着いていたんでしょうね、表現がオーバーにならないように、心の中を整理整頓して書きました。10年後、20年後だったら、まだとても書けなかったと思います。これも、私にとってすごく運命的な出会いでした。普通は曲にはタイトルはついていないんです、詞を書く方がタイトルをつけるので。でもこの時は「涙そうそう」というタイトルがついてきた。25年封印してきた兄への思いを解き放して、書かせてくれるために「涙そうそう」というタイトルがついてきたとしか、私には思えないくて。もし、これに違うタイトルがついていたら、私は兄への気持ちも悲しみも未だに抱え込んでいたと思います。

し:「さとうきび畑」「涙そうそう」二つとも、大変な背景があったことを、初めて伺って、本当に感動しております。多分これをお読みになった読者の方々も、きっとこれまでと違った気持ちで「さとうきび畑」「涙そうそう」をお聴きになるのではないかと思います。私もこれから新たな気持ちで、聴きたいと思います。

「フォークソングの時代」

し:最新のアルバム「フォークソングの時代」が4月に発売されました。あわせて、全国ツアー中ということですが、コンセプトなども是非お伺いできますか?

どんな質問にも、ひとつひとつ丁寧に、誠実に、答えてくださいました。

:はい。私はどちらかというと、前を向いてどんどん走って行くほうが好きなんですが、たまには後ろを振り返ってみるのもいいかもしれないと思って、改めてフォークソングと向き合ってみました。実はこれまで「フォークソングの森山良子」と言われ続けてきたことに対して、すごく拒絶感があって…。あくまでもフォークは一時期なもの、自分のベーシックにあるジャズやクラシックからの、通過点でしかないと思っていたので。でも、時代とか、様々なご縁もあって、結局「フォークシンガー」になっていったんですけど。そんなこともあり、あえて「フォーク」から遠ざかろうとしてきた50年でした(笑)。でも、少し気持ちが変わってきたというか、「もういいじゃないか、何でも」と。私の中では歌にジャンルはないし、それで、あえて「フォークソングの時代」というタイトルで、初めて「フォークソング」に取り組んでみました。「フォーク名曲100選」とかをひも解いて、まずは詞を読んで、今の自分にフィットするものとか、おもしろいなと思えるものを選びました。そうしたら、あの時代は本当に素晴らしい名曲が沢山生まれた時代だったんだ、と改めて気付かされて。振り返ることで得たことはとても多かったなと。

し:同じような感慨をお持ちの方も沢山いらっしゃると思います。来年3月までとのことですので、是非コンサートにお越しいただきたいですね。

是非、ザルツブルグへご一緒に。

し:来年は8月にオーストリアのザルツブルクでコンサートが開催されて、コンサートと一緒に旅行も楽しみましょうという企画が出来ました。まず、コンサートはどんな感じの内容でしょうか?

:コンサートは、「サンクト・ピーター」という古いレストランの2階にあるボールルームで行います。

し:あの岩をくりぬいた古い、有名な歴史的な建物ですね。

2016年夏、是非ザルツブルクへご一緒に。セグウェイも練習中。

:私はたまたまそのレストランに行って、偶然ショーの様子を見ることができたんです。それが、とても楽しくて。実は、ここのところ毎年「ザルツブルク音楽祭」に行ってオペラを観たり、ウィーンフイルの演奏を聴いたり、そういったことを続けていましたので、ザルツブルクにはとても愛着があって。ただ、クラシックの一流の音楽家が集まっているところで、私のような歌手がコンサートを開くというよりは、むしろアフタヌーンティーショーみたいな感じにして、皆さんと一緒に街を歩いたり、歓談したり、美味しいものを食べたり、そういった日々を過ごしながら、音楽をお届けできたらいいなと思ったんです。私が観たのは、出演者がモーツアルト時代の衣装とかつらを着けて、モーツァルトの曲を歌ったり、弦楽四重奏曲を演奏したりするショーでした。現地には男性の歌手も女性の歌手もいますから、私も勉強して、彼らと一緒にオペラの一曲とか歌うことができたら、楽しいかなと。私はかつらはつけませんけど(笑)

し:それも是非拝見したいですね(笑)

:もちろん、オペラのアリアばっかり歌うというより、私の曲、皆様におなじみの曲も織り交ぜながら、1時間くらい、楽しい時間をお届けしたいと思っています。

し:それは本当に楽しいショーになりますね。

:それから、私は「サウンド・オブ・ミュージック」が大好きで、何十回も観ているんです。それで、ザルツブルクに「サウンド・オブ・ミュージック」のバスツアーがあったので、それに乗ってみたんです。そしたら、「私、これできる!」って思ったんです。

し:・・?

:バスガイドが地元の男性で、音楽にあわせてその人がドレミの歌を「Doe, a deer, a female deer…」って歌ったんです。私は、サウンド・オブ・ミュージックの歌はほとんど歌えますし、だからこのバスツアーのコースを勉強して、歌いながらバスガイドをするのはどうかな…と勝手なことを考えていまして。

し:森山さんが、場面場面で歌われるわけですね、ギターを持って。

:バスですからね、ギターは無理ですが(笑)、是非歌いたいですね。耳馴染みの曲もたくさんありますし、皆さんとも一緒に歌えたら。

し:これは盛り上がりますね。

:はい、楽しくなること間違いなしです。

し:そういった企画も入っているということですね。他に、ファンクラブ限定の企画になりますが少し足を延ばして、南ドイツまで行く企画もあります。

:はい、ミュンヘンで乗るセグウエイも練習済みです。

し:それはすごいですね。本当にザルツブルクはドイツも近いですし、少し行くときれいな山や自然がありで、勿論「世界遺産」でもあり、音楽の街として知られてはいますが、「モーツアルトの街」というだけでなく、いろいろな企画が可能な場所ですよね。食事も美味しいですし、我々旅行会社としても大変注目している場所です。是非、この夏、多くの方に森山良子さんのアフタヌーンティーコンサートとザルツブルクの旅を体験していただきたいですね。

:歩いているだけでわくわくするような街ですよね。地元のお塩(ザルツ)を売っているお店や、可愛い小物やリースのお店があったり、飽きないですね。

し:最後になりますが、是非、私とものお客様にメッセージをお願いいたします。

:一つ良い思い出が増えれば、それだけで人生は豊になると思います。私でよろしければ、是非ご一緒に、ミュンヘンをまわって、ザルツブルクに行って、素敵なひと時を過ごせたらと思います。それが皆さまにとっての良い思い出になれば、これ以上に嬉しいことはありません。是非是非ご参加いただければ幸せです。

し:今日は、全国ツアーの真っ最中のお忙しい中、貴重なお話しをありがとうございました。是非、この夏森山さんとご一緒に、良い思い出を一つ増やしていただきたいと思います。今日はありがとうございました。

編集後記

輝くオーラに圧倒された1時間でした。そして驚いたのはそのお美しさ。失礼ながら、メディアで拝見するより何十倍もお美しく、思わず見とれてしまうほど。そして何より感激したのはそのお声。「サウンド・オブ・ミュージック」の一節を口ずさんでくださった時は、部屋が一瞬にして最高のコンサートホールになりました。「人間の声は最高の楽器である」。至福の時を与えていただいたことに心から感謝申し上げます。

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投稿:朝日インタラクティブ