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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2019年01月21日

旅のサイドストーリー ~旅人の心に添う 秘湯は人なり~ 第11回 遠藤哲也さん(姥湯温泉・桝形屋)

≪仙境の秘湯で旅人を思う≫

姥湯温泉・桝形屋(山形県米沢市)

遠藤 哲也(えんどう てつや)さん

山奥の秘湯に生まれ、宿を守るために孤軍奮闘していた遠藤さん。台風の被害を受けた直後の秘湯の会の会合で、遠藤さんの心の中で変化が起きました。

戦国時代の天文2(1533)年、鉱山師が金を求めて吾妻連峰を探索中、疲れて昼寝していると、夢に幼女を連れた恐ろしい形相の山姥が現れて「金など掘らず、ここに湧く湯を守れ」と言い、消えてしまいました。鉱山師の名は遠藤大内蔵(くらぞう)といい私の先祖です。山姥にちなんで姥湯と名付けてここに開湯、これがやがて桝形屋になりました。

遠藤 哲也さん

 

仙境のような山奥の一軒宿 姥湯温泉・桝形屋

奇岩がそびえ立つ絶壁、時折カモシカが現れる、南画のような仙境に建つ、この宿の18代目として私は生まれ育ちました。子供の頃は、登山客が自炊し、私も混じって雑魚寝をしているような宿でした。

宿を継いだ後、平成元年の夏に大きな転機が訪れました。

大型台風13号が上陸し、宿は大きな被害を受け、露店風呂、橋、道も流されました。休業が2か月と長引く中、従業員はやめていき、自分の生活が足元から揺らぎました。廃業しようかと考えるほど、山奥の旅館とはこういうものなのか、と身をもって知らされました。

最寄の峠駅は、秘境駅として有名。最寄といっても山道を歩いて2時間以上かかる。(予約した上での送迎有)

何とか宿を再開させた頃、日本秘湯を守る会が、会合をこの宿で開催すると伝えてきました。当時の私は、何かと衝突していた父が加盟した会であることや、今のこの苦労が誰に分かるかという気持ちもあって、秘湯の会には冷然としていました。

ところが会合では花束を贈呈されながら、「よく再開した、よく再開した」と会の皆々から励まされました。私のためにここで開催されていたのです。話を聞けば、会の宿にはそれぞれ壮絶なストーリーがありました。山奥の一軒宿で独りもがき、凍ったような私の心は、会の温かさで解け始めたのだと思います。

屹立する奇岩に囲まれた露天風呂

容赦ない自然の驚異にさらされる秘湯の宿を、自分の生活とともに守る過酷さに、ややもすれば心も荒びがちです。そんな時に支えになるのが、山の向こうで同じような苦労を共にする仲間がいて、お互いにあの宿は大丈夫だろうか、と思う心根なのだと考えるようになりました。

うなると、お客さんにも思いが及びます。例えば、風呂から上がったら、南画のような景色の良い場所でゆっくりしたいだろう、と思うようになり、そこにウッドデッキを作りました。そうするとそこでお客さんが涼んでいる姿を見るのが楽しみになりました。

その姿を見るために、雪かきに汗しながら山奥の温泉を守っているのだ、と今思えるのは、苦難の時に秘湯の会と出会いがあったからだと振り返ってみて思います。

(取材・構成 朝日旅行/旅と文化研究会)

次回 第12回 宍戸康裕さん(白布温泉・東屋)≫

前回 第10回 平瀬定雄さん(鹿塩温泉・湯元山塩館)≫

 

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投稿:首都圏発国内旅行担当