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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2019年09月25日

ボルゲーゼ美術館 ―世界有数の良質コレクション―

 

 

Profile
池上 英洋(いけがみ・ひでひろ)

代替テキスト美術史家、東京造詣大学教授。1967年、広島生まれ。
著者に、『レオナルド・ダ・ヴィンチ―西洋絵画の巨匠8』(小学館)、『ルネサンス 歴史と美術の物語』 『美しきイタリア22の物語』(いずれも光文社)、『神のごときミケランジェロ』(新潮社)、『「失われた名画」の展覧会』(山と書房)、『死と復活』 『西洋美術史入門』 『ヨーロッパ文明の起源』(いずれも筑摩書房)など多数。日本文藝協会会員。

 

階段の先に広がる庭園

「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン扮するアン王女が、陽光の下で気持ちよさそうにジェラートを頬張るシーンをご存じだろう。そのせいで、舞台となったローマのスペイン階段には、いつもジェラートを舐めている女性がいる。あまりに増えすぎたためか、一時期は禁止されていたはずだが、いつしかうやむやになってしまったようだ。だいたい、警官がいても注意しているところを見たことが無い。なにしろ彼らは海外からの女性旅行客に話しかけるのに忙しいそうだ。

スペイン階段を登り切ったところに二本の塔をもつサンティッシマ・トリニタ・ディ・モンティ教会があるが、これはフランス系のミニモ修道会が建てたもので、立派な階段も実はすべてフランスの資金で造られている。それなのに、近くにスペイン大使館があるというだけでスペイン階段と呼ばれているのだから、フランスも損をしたものだ。

 

この教会と附属の女子修道院の裏には、広大な公園が広がっている。これがすべて、17世紀のはじめにシッピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿が造らせた邸宅の庭園だったというのだから、往時の同家の権勢がわかろうというものだ。ここはローマ中心部にある憩いの場として市民たちに愛されており、園内を歩くとそこかしこにあるベンチで老夫婦がひなたぼっこをしていたりする。筆者もイタリア留学時によくローマを訪れたが、それはたいていヘルツィアーナ図書館という 世界最大級の美術史専門図書館に通うためだった。これがモンティ教会のすぐそばにあるので、お昼にはランチを食べに行きがてら、よくこの公園内をぶらぶらしたものだ。

同園内の東端にあるボルゲーゼ美術館は、筆者が「おすすめの美術館」を聞かれたときに必ず回答に入れる美術館のひとつである。その名のとおり、やはりシッピオーネ枢機卿が造らせた小邸館だったもので、現在の姿は18世紀におおがかりな改築を経たものである。枢機卿による世界有数のコレクションをベースに発展したもので、一階に彫刻、二階に絵画が展示されている。

 

大理石の魔術師たち

一階での見どころはなんと言ってもベルニーニによる大理石彫像群である。<アポロンとダフネ>は太陽神の腕に抱かれまいと、ダフネが月桂樹に姿を変える瞬間をとらえた作品だ。その指先は今まさに葉へと変容しつつあり、その葉の薄さや繊細さはベルニーニの超絶技巧を存分に示している。また彼の<プロセルピーナの略奪>では、冥王プルートの力強い指先が、さらわれるプロセルピーナの柔らかな太ももに食い込んでおり、はたしてこれが本当に硬い大理石なのかと眼を疑うほどだ。

ここにはもうひとり 大理石の魔術師と呼ばれた彫刻家の作品がある。それがアントニオ・カノーヴァ<パオリーナ・ボルゲーゼ・ボナパルテ>であり、その名の通りかのナポレオン・ボナパルテの妹の肖像彫刻である。擬古典風の寝台に裸身を横たえるパオリーナ(ポーリーヌ)は、ヴィーナスの持物であるリンゴを手にしている。美神に扮するその自信にも恐れ入るが、自らヌードモデルを堂々とつとめているところに、奔放さで知られた彼女の性格がよくあらわれている。ここに同作があるのは彼女がボルゲーゼ家に嫁いだからだが、兄ナポレオンは同館からかなりの美術品をフランスに持ち去ってしまった。

 

二階では、ティツィアーノの名品などのほかに、ラファエッロ<一角獣の貴婦人>を鑑賞したい。これはレオナルド<モナ・リザ>に触発されて描かれたもので、後世なされた加筆のせいでながく聖カタリナの絵だと誤解されていた。その下から本来の一角獣が姿を現したのは、1934年になされた修復による。処女にしか懐かない一角獣を抱いているので、嫁入り前の良家の娘を描いた一種のお見合い写真であり、初々しさと意志の強さを示す顔つきは魅力に富んでいる。

ラファエッロの魅力は、「ラファエッロ展」でさらに存分に味わいたい。やはりナポレオンに持ち去られたのち、ボローニャに戻ってきた<聖チェチリア>や、画家の恋人と考えられる<ラ・フォルナリーナ>など、ラファエッロの聖俗にまたがる作品群の良作が一堂に会している。

 

 

 

 

 

 

 

投稿:WEB管理担当