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機関誌「旅なかま」掲載記事など最新のトレンドがわかるブログ

旅のアクセント

2020年02月12日

《特集》吉野山 一目千本、絢爛豪華な桜の聖地

吉野山 

一目千本、絢爛豪華な桜の聖地

何となく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山 (西行)


吉野朝宮跡

その足音に心弾ませ、その便りに心が躍る春の調べ。
古より日本人の心を捉えて離さない桜は、誰しもが特別な思いを抱く日本の春の象徴です。

 

日本の桜の原点「吉野山」



布引の桜(上千本)

平安の昔より桜の名所として知られる吉野山。その起源は約1300年前の奈良時代に遡る。修験道の開祖とされる役小角が、吉野山に修験道を開いた際、金峯山での難業の果てに蔵王権現を感得。桜の木にその姿を刻んで吉野山に祀ったことから、桜が御神木として次々と植えられるようになった。同時に蔵王権現を本尊とする金峯山寺への参詣も盛んになり、平安時代には宇多上皇や白河法皇、藤原道長など、皇族や貴族たちも参詣を重ねた。祈願する際には桜の苗を寄進(献木)するという風習も広まり、さらに多くの桜が植えられることとなった。吉野山では桜自体が神仏であり、信仰の対象として代々大切に保護され育まれてきたのだ。

 

 

現在「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録される吉野山。全山が桜に埋め尽くされる景観は一目千本とも称され、その規模は世界的に貴重なものであると同時に、永年受け継がれた人々の信仰が具現化した貴重な文化的景観であると言えよう。単に美しさだけではなく、先人達の悠久の思いが息づく聖地・吉野山は、日本人の桜を愛する心の原点とも言えるのかも知れない。

 

西行法師が見た吉野


平安時代から日本人にとって特別な花であった桜。平安末期から源平争乱の時代に生きた西行法師も桜に魅せられた一人だ。若くして出家した西行は、世を捨て各地に草庵を結びながら多くの歌を詠んだ。花(桜)と月についての歌が多いことでも知られ、約3年間隠棲した吉野山についても多くの歌を残している。

吉野山雲と見えつる花なれば散るも雪にはまがふなりけり

雲にまがふ花の盛りを思はせてかつがつ霞むみ吉野の山

吉野山谷へたなびく白雲は峰のさくらの散るにやあるらん

 

桜の下で生きてゆくことに喜びを見出した西行は、吉野山の桜を雲、あるいは雪に見立てている。吉野山の桜の美しさ、全山を覆う壮大な景色、とりわけ遠目に見た時の、他に例を見ない素晴らしさの例えとしては最大級の賛辞だろう。

 

多くの文化人に愛された吉野



西行庵

平安時代以降も、吉野は多くの文化人を魅了してきた。

松尾芭蕉は西行の愛した吉野山に憧れを抱き、奥の細道に旅立つ前の1684年(「野ざらし紀行」)と1688年(「笈の小文」)の二度にわたり吉野を訪ねている。奥千本にある西行庵でも名句を残し、西行500回忌にあたる1689年に奥の細道に旅立った。

露とくとく試みに浮世すすがばや 「野ざらし紀行」

春雨の木下につたふ清水哉 「笈の小文」

西行庵の近くに今も澄んだ水が流れる苔清水の傍らには芭蕉句碑が、そして西行庵には西行の歌碑が建てられている

とくとくと落つる岩間の苔清水くみほすほどもなきすまひかな (西行)

江戸の国学者・本居宣長もまた、吉野山への旅を「菅笠日記」として記している。自身が生まれたのは両親が吉野の子守の神(吉野水分神社)に熱心に参ったおかげだと信じていた宣長が、お礼参りを兼ねて吉野、飛鳥を旅した記録である。わざわざ桜の見頃を推し量って松阪を出発しただけに、下千本の桜は満開を過ぎていたものの、中千本、上千本と上るにつれ満開に近づき、両親を思い出して涙した吉野水分神社のあたりは満開であった。道中の出来事や吉野山について詳細に綴られた「菅笠日記」は、文章構成や記述が優れていたため、後にガイドブックとしても広まったという。

 

今も昔も日本一の花の名所


吉野の花見といえば太閤秀吉を抜きには語れない。1594年、絶頂にあった秀吉は、徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗といった錚々たる武将はじめ、茶人や連歌人など総勢5千人を引き連れ花見を行った。
ところが運悪く吉野では長雨が続き一向に晴れる気配がない。とうとう秀吉は、「吉野山に火をかけて下山する」と言い出した。これは一大事とばかり、全山の僧たちが晴天祈願を行ったところ、翌日は嘘のように晴れ上がったという。これにはさすがの秀吉も吉野の神仏に感じ入ったと伝わる。

やがて一般庶民の間でも吉野の花見は盛んになり、桜の季節には今と変わらぬ賑わいを見せるようになった。下千本から中千本、そして上千本から奥千本と、山を覆い深い谷を埋め尽くしながら、およそ半月をかけて咲きのぼる吉野山の桜。

今も昔も変わらず日本人の心を捉えてはなさない吉野山は、歴史的にも景観的にも、まさに日本一の桜の名所といっても過言ではないだろう。

※写真提供:吉野山観光協会 ※写真は全てイメージです。 ※桜の開花状況は気象条件によって左右され、ご覧いただけない場合があります。

 

吉野山の桜は


千本桜

大半が野生種のヤマザクラで、別名シロヤマザクラと呼ばれています。日本人に最も馴染みの深いソメイヨシノは、葉が出る前に満開を迎える華やかさの反面、物事のはかなさにも例えられるほど花期が短いのが特長です。一方シロヤマザクラは、開花と同時に葉を出し、開花の時期もまばらなため花期が長いことが特徴です。そのため両者の印象はまったく異なり、シロヤマザクラには古来からの桜が持つ凜とした独特の美しさがあります。
元々ソメイヨシノの名の由来は、育成された江戸の染井町と吉野を合わせたものですが、まるで吉野の桜のように美しいことから当初は単に「吉野桜」と呼ばれていました。その後明治になって、違う品種であることが判明した後にソメイヨシノに改名されたという経緯があります。それだけ当時か
ら、桜といえば吉野山というほど、名高くよく知られたものであったのでしょう。

 

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《特集》吉野山 一目千本、絢爛豪華な桜の聖地」は、2020年2月発行・総合パンフレットに掲載しています。

パンフレットをご請求ください。デジタルパンフレットもご覧いただけます(※2月14日以降より請求、ご覧いただけます)。

◎首都圏版はこちらより

◎関西版はこちらより

投稿:大阪発国内旅行担当